敵国へ嫁がされた身代わり王女は運命の赤い糸を紡ぐ〜皇子様の嫁探しをさせられているけどそれ以外は用済みのようです〜



 このままでは何も起きないまま終わってしまう。

(王妃様が仰っていたように私の神の恵みはやっぱり何の役にも立たない紛いものの力なんじゃ……)

 結局証明されたのはオーレリアの神の恵みが無能であるということだけ。
 トラヴィスの期待に応えることができず申し訳ない気持ちでいっぱいになる。耐えるように唇を噛みしめていると、不意に二人の赤い糸が輝き始めた。

 その光は互いの小指から相手の小指へと進んでいき、やがて真ん中当たりに光が到達すると溶け合うように交わっていく。



「あの」と二人が同時に声を発したのはその直後だった。
 二人は困った様に微笑むとやがてアニーの方が口を開く。
「クラウス殿下、なんでしょうか?」
「……」

 クラウスは無言のままアニーに近づくと、やにわに彼女の足下に落ちているあるものを拾い上げた。それはアニーの手のひらに収まるサイズの猫のぬいぐるみだった。

 たちまちアニーの顔が赤く染まる。彼女は視線を彷徨わせた後、観念したように肩を竦め、説明し始めた。


 アニーはぬいぐるみを編むことが趣味らしく、先代伯爵夫人の屋敷で過ごしている間は、夫人にせがまれてずっとぬいぐるみを編んでいた。

「久々の社交界は不安で……。いつもぬいぐるみに囲まれて過ごしていましたので緊張しないようこの子に一緒に来てもらったんです。その、幼稚なものを持ち込んで申しわけござ……」
「か、可愛い」
「へっ?」
「あ、えっと。僕はこんな風貌ですが小さくて可愛いものが…………大好きなんです」
「そうなんですか!?」

 クラウスはこくんと頷くと猫のぬいぐるみをアニーの前に差し出し、もう一方の手で上着のポケットからハンカチを取り出す。それには犬の刺繍が刺されていた。

 アニーは刺繍を眺めて頬を緩めると「可愛い!」と感嘆の声を上げる。
「もしかしてこれはクラウス殿下が作ったのですか?」
 アニーが尋ねると躊躇いがちにクラウスが頷く。