「父親は、常識的な人だと思っていたが、そうではなかったのか?」

「卸売業の会社で主任をしています。社内での評判は悪くないですよ。

ただ、奥様が亡くなられてから人が変わったように静かで大人しくなったようです。それまでは快活によく笑い社交的だったそうですが、現在は飲み会などにも出席しないですし、世間話などに混ざろうともしないそうです」

「たしか、現在の奥さんとの出会いは鍼治療で、施術者と患者の関係だったそうだな」

「ええ、奥様が亡くなられて心身が衰弱していたお父様は、近所の鍼灸院に行ったそうです。そこで施術していたのが奥様で、通ううちに愛が芽生えた、といえば聞こえはいいですが、そこの鍼灸院はスピリチュアル系の怪しい店という評判だったそうです。お父様は知らずに入店し、すっかり洗脳されてしまったというのが本当のところでしょう」

「心に傷を負った者は洗脳されやすいからな。捺美の母親は癌で亡くなったんだよな?」

「はい、捺美さんが小学一年生の頃ですね。発覚してからあっという間だったそうです」 

 その一年後、俺と捺美は出会うことになるのか。

 捺美はまったく覚えていないようだが、俺にとっては生涯忘れることのできない出会いだった。