「セレニカ・ヤーガ」



 どれくらい経ったのか、肩に置かれた手に意識を引き戻されて目を開けると、そこにはヴァディムの顔があった。
 いつもと変わらない凛々しい彼に、セレニカはそっと息を吐く。

 ああなんだ、悪い夢を見ていた。白昼夢だなんて疲れているのかもしれない。


「夢から覚めたか」


 白昼夢を見ていたことまでお見通しなのね。身体を起こして微笑みかけるセレニカに、しかしヴァディムは手を差し出すことはなく、眼差しは冷たく、まるで知らない人物のよう。
 彼の名前を呼びかけようとして、しかしどうしてか声にならない。

「底辺貴族では子を産ませるわけにもいかないし、側妃にすらなれない。ここで終わりだ」

 座り込んだままのセレニカに、見下ろして向けられる淡紫の瞳が、光を受けてかほのかにきらめく。
 もうざわめきは何も聞こえない。
 震えだした身体を、自身の両腕で抱き締めるしか出来ない。


「今まで幸せだったろう」


 彼の声だけが、低く甘く、セレニカの中に響いた。