「レニィ、ここにいたのか」

 アカデミーの図書館で自主勉強をしていたセレニカに声をかけたのは、先輩にあたる人物だった。

「ヴァディム殿下」
「今日もともに昼食をと考えていたんだがな、君が来ないから」
「あっ、申し訳ありません! てっきり昨日だけの特別な待遇かと」

 椅子から立ち上がって頭を下げれば、彼は鷹揚に頷く。

「いや、きちんと約束をしていたわけではないからな。言葉にしなかったのは俺だ、レニィのせいではない」

 窓から差し込む光に輝く銀に近い金色の髪と、そしてセレニカのような青みの強い色ではなく紛うことなき紫の瞳をした彼は、ヴァディム・ディメイズ、この国の現国王の長子であり、王太子であった。

 アカデミーに入学して一ヶ月、上位貴族ばかりの周囲から浮いた存在であるセレニカに友人と呼べる人間など出来るはずもなく、すっかり当たり前になっていた一人で過ごす時間。
 偶然から話すようになったとはいえ、まさか王太子から親しい友人に対するような扱いを受けることになるとは考えもしなかった。

「これからは特別な理由のない限り俺と昼食をともにしよう、レニィ」

 はっきりとした誘いの言葉は宣言のようで、セレニカは驚くばかりだった。