二人きりの密室。式直前の新郎を異性と二人にするとは周囲も何を考えているのか。
 ……何も考えてはいないのだろう。不誠実であることはもちろん、危害を加えられる可能性も想定などしていないと見える。いざとなれば〝聖なる力〟頼みでどうとでもなると思っているのか。

 しかしセレニカにとってはお誂え向きな、望むべくもない状況だった。

「エカテリーナには会ったか? 彼女も会いたがっていた。在学中さほど交流が出来なかったから話してみたいと、レニィの卒業を待って側仕えにしてやってもいいという話も出ている」
「もったいないお言葉、恐れ多いことでございます」

 低姿勢での受け答えに気分をよくしたのか、ヴァディムは饒舌に語りかける。手を伸ばしセレニカを引き寄せ、当たり前のように目を合わせる。


 ヴァディムの瞳が淡く輝く。


 セレニカの瞳が強く輝く。


 互いに目を逸らさずに。セレニカは至近距離にまで迫った男を見つめ続ける。恋人だと思い込んでいた、あの頃以上の熱を込めて。
 そうして囁くように、それでいて噛み締めるように、ゆっくりと言葉を紡いで聞かせた。セレニカが彼に望む、最後の願い――。

 睨み合いのごとき時間を経る。
 自分の腕を掴む手から力が抜け落ち、セレニカは相手のぼんやりとした様子に胸を撫で下ろした。
 別れの挨拶として、あえて慇懃に頭を下げて礼をとる。

「王太子ヴァディム・ディメイズ殿下。このたびはご結婚おめでとうございます。殿下、妃殿下、他のみなさんも、……どうかお元気で」