セレニカが王太子と親しくなったのは、振り返れば特別なきっかけはなかったのかもしれない。けれどセレニカにとってのその日々は、いつだって特別に輝くものだった。

 底辺貴族と呼ばれる末爵家の一人娘だった彼女は、幼い頃に母親を亡くし、父娘で助け合い支え合いながら真面目に懸命に生きてきた。
 それが変化し始めたのは、通っていたスクールから特別枠としてアカデミーに推薦されたのが始まりだっただろう。

「わたしがアカデミーに……!?」

 教師からの申し出に、セレニカは驚きのあまり一瞬呼吸を忘れた。スクールに通って一年が経過しようかという時期だった。

「ヤーガさんなら大丈夫だろうと、教師陣で意見が一致しました。立場の違いから苦労もあるでしょうが、あなたには〝聖なる力〟もあることですし」

 その言葉に戸惑いながらも頷く。

「聖なる力とはいっても、その特徴があらわれているだけですけど……」
「それすらも本来はなかなかないものですよ」

 自信を持ちなさい、とでも言うように教師は力強く言い切る。セレニカは苦笑しつつ頷いて、受け入れることを示した。

 この国においてスクールとは、平民も一般貴族も学ぶ意思さえあれば広く門戸を開いている施設だ。アカデミーはそれとは異なり、基本的に王家と公爵家、または〝聖なる力〟のある人間が通う機関である。学費も自費で高額、普通なら貴族とは名ばかりのほとんど平民と変わらない娘が通えるはずもない。

 しかしスクールの教師たちは、優等生のセレニカを上級機関で学ばせるのはこの国の未来のためになるに違いないと考えた。特別枠となればスクールから援助がなされ、学費は一部負担で済むというのだから、母親を亡くし男手ひとつで育ててくれた父親の助けになりたいセレニカに、断るという選択肢はなかった。

 例え、王族に連なる者が持つ〝聖なる力〟の能力ではなく、その特徴である紫がかった瞳だけがあらわれているのだとしても。