櫻乃学園

「愛結様、本当に行ってしまわれるのですね」
「寂しいの? キリシマ」
 あの日から月日は流れ、私は私立櫻乃学園に入学することが決まった。今日は、入学式当日で現在六時半。
「いえ、私はとても嬉しいですよ。愛結様は結花(ゆいか)様がお亡くなりになってから我慢ばかりしていたので、外の世界でのびのびと過ごしていただきたいものです」
「まぁ、そこは寂しいというところでしょう?」
「はははっ、そうですね」
 キリシマとそんなことを言って笑っていると、車の準備ができたとのことだったので荷物をキリシマが先に持って行ってくれた。その隙にか、いつもなら離れになんて来ない継母がやって来た。
「やっと、出ていってくれるのね!」
「お継母(かあ)さま。来てくださったんですね、ありがとうございます」
 私は嫌味たらしい表情をみせる継母に満面の笑みを見せた。
「ふん、あの女に似たあなたを見なくていいと思ったら清々するわ!」
 私もですよ、お継母さま……なんて言うと面倒くさいことになりそうなので「そうですか」と言い笑顔で通した。
 それからも言いたいことをペラペラと言ってから彼女は離れから出ていった。入れ替わりでキリシマが入ってきてキリシマと一緒に離れから出て車のある場所まで向かった。


「さぁ、お嬢様。どうぞ」
「ありがとう、キリシマ」
 キリシマにエスコートされるのはこれでしばらくないのかと思ったら、なんだか寂しい気持ちになるがまだ学園までは行ってくれるらしくて少しだけホッと安心した。


 ***

 それから一時間ほど車を走らせると、英国で見られるような立派な門が立っていた。学園の門の前まで車を停めてもらい、キリシマのエスコートで降りると荷物を下ろしてもらう。
「ありがとう、キリシマ。今まで、お世話になりました」
「今生の別れじゃないんですからそんなこと言わないで下さい。こちらこそ楽しい毎日を過ごさせていただきました」
「ふふっ……迷惑かけてしまうと思うけれど、お父様とお継母様のことをよろしくね」
 私はキリシマと別れると門を潜った。
 敷地内に入ると、そこにはレンガ造りの校舎と生徒寮をはじめ、英国式の庭園、テニスコートなどが見えた。
 ――櫻乃学園。そこは、お嬢様と執事見習いが通う学校だ。
 お嬢様科では、通常の高校と同じカリキュラムに加えてお嬢様として大切な淑女教育には定評があり礼儀作法はもちろん、茶道や華道、学力・教養・社交術・人間性などを、厳しく躾けられる。
 そして執事科では、執事見習いの男子たちが立派な執事になれるようにカリキュラムが組まれておりお嬢様科と同様通常の高校と同じ勉強のほか、執事に必要な所作を身につけたり給仕方法やリネン類の管理、食事マナーなど執事として卒業後どこに行っても大丈夫のように、さまざまなことを学ぶことになっている……らしい。


 私は家に届いた【合格通知】とともに同封されていた入学式及び入寮の日程を見る。入学式が始まる前に寮に荷物を置きに行かなくてはいけないし、その部屋にある制服を着用して式に出席するそうだ。
 寮らしき建物に着くと、【新1年生はこちら】と矢印が書かれていたので矢印の方向へ向かう。すると、【お嬢様科】と書かれた紙のところには優しそうな女の人、【執事科】と書かれた場所には堅苦しい感じの男の人が立っていた。
「おはようございます! ご入学おめでとうございます。合格通知書を見せてもらってもいいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
 私は通知書を差し出すと「四宮愛結さんですね、ではこちらが部屋の鍵です」と女の人から鍵を受け取る。
「鍵は二つ、なんですか?」
「はい。部屋自体の鍵が大きいこちらの鍵になります。部屋は執事科の生徒と同室となりますのでこちらの小さな鍵は四宮さんの住居スペースである自室の鍵です」
「そうなんですね。説明ありがとうございます」
「はい。では自室にある制服を着て十時に講堂室にて入学式がありますのでお集まりください」
 女の人にお礼を言うと、寮の中に進んだ。


 ***


 部屋のドアの前に立ち、中にペアの人がいるかもしれないので念のためインターホンを鳴らす。
「まだいらっしゃらないのかしら……失礼します」
 そう独り言を言いながらドアノブを回すと、中は外観とは違い結構広い玄関がお目見えする。靴を脱いで揃えると、キャリーケースは持ち上げて中に入った。
 お邪魔します、と小さな声で進むとちょうど小部屋から男の子が出てきた。もう制服を着ていて執事のような格好だった。
 この子が、ペアの男の子……?
「初めまして、私、四宮愛結と申します。今日からよろしくお願いいたします」
 そう言ってお辞儀をする。だけど、男の子からはなんの反応もない……あれれ、なんか違うことしてしまったかしら。
「すみません、見惚れてました」
「……へ?」
「四宮さんも、美しいのですが……そのお辞儀も、とても、美しくて」
「あ、ありがとうございます?」
 こういう場合、どう反応していいのだろうか。
「僕は、瀬口(せぐち)蒼志(そうし)と申します。入学式、まで、時間がないから制服着た方がいいと思いますっ」
 あんまり話すのが苦手なのか途切れ途切れで言い、なぜか俯いてしまう。
「瀬口様、ご親切にどうもありがとうございます。では着替えてきます」
「あっ、はい。僕のことは、様はいらないですよ。あっ、ごゆっくり……あっ、荷物お運びします」
「ふふ、了解いたしました。お荷物もありがとうございます」
 私は瀬口さんにキャリーケースを運んでもらうと、彼が外に出たのを確認して中に入り念のため鍵を閉める。
 中に入ると、机の上に制服の入った箱と教科書類が置いてあったので教科書はまず置いておいて箱を開いた。
「意外と可愛い」
 箱の中に入っていたのは、白のブラウスに白に紺色のラインがあるリボンタイ、グレーのジャンバスカートと同じ色の裾が短いジャケットに紺色のベレー帽だった。それが二個ずつ用意がされていて、中には説明書が入っていた。
「式典は、ベレー帽は要らないのね……まぁ、着替えましょう」


 私は着て来たワンピースを脱ぐと、ブラウスを着てジャンバスカート、リボンタイをつけてジャケットを羽織った。
 スタンドミラーで確認をし、髪を整えて少しだけメイクを施すと部屋から出た。