「ノート、見る?」

世界史の授業中、羽生がめずらしく居眠りをしていたのに気づいていた葉月は、休み時間に目を覚ました羽生に声をかけた。
「………ありがと…」
まだ眠たそうにボーっとした顔で羽生はノートを受け取った。
(隙がある感じ、めずらしい…)
葉月はクスッと小さく笑った。

「これ…」
ノートをパラパラとめくっていた羽生の手が止まった。
「荻田が描いたの?」
「え…あっ!」
ノートの片隅に、教科書に載っている歴史上の人物の名前や出来事をブランドや映画のロゴのようにデザインしたラクガキがあった。
「描いてあったの忘れてた…恥ずかしいから見ないで…」
葉月は気恥ずかしそうな顔をした。
「なんで?すごいじゃんこれ。」
「え」
「人によってテイストが違っておもしろい。」
いつもの淡々とした口調で言われると、恥ずかしいと思っていたのが不思議に思えてくる。
「ロゴデザインするのが好きなの?」
羽生がめずらしく興味を持ったように質問した。
「うん、ロゴのデザインも好きだし、もっと…ポスターとか、本の装丁とかイベントのフライヤー?ってゆーのかな…あーゆーのも…好き。見るのも好き。」
「へぇ。俺はこれとこれが好き。」
羽生はラクガキの中の二つを指差してみせた。

Jeanne d'Arc — ジャンヌ・ダルク—
Marie Antoinette — マリー・アントワネット—

「フランスっぽさが出てるし、ジャンヌ・ダルクが甘い雰囲気で、マリー・アントワネットがマニッシュな雰囲気ってのがイメージと逆でおもしろい。」
(………)
「…わざと、そうしたの。歴史上の人物の本当のことってわからないから、本当はイメージと逆だったらおもしろいなって。」
「へえ。」
「そんな風に感想言ってもらえると嬉しいね。今まであんまりひとに見せないようにしてたから…。」
葉月ははにかんだような笑顔で言った。

「…たしかに感想は嬉しい、料理も。」

羽生がボソッと言った。
羽生が自分から料理というワードを口にしたのは初めてのような気がする。
「今、料理の話…」

羽生はそれ以上は何も話さず、ノートを書き写していた。