〇学校・教室(朝)

パァン!
クラッカーの鳴る音。

詩乃「番関係成立おめでとう!」

瑚白「……」


クラッカーの紙テープなどが頭に掛かった状態で嫌そうな表情をする瑚白。
頭にかかったものを取りながら不満そうに口を開く。


瑚白「おめでたいことってわけでもないんだけど……」

詩乃「そう? でも神矢先輩は瑚白の望み通りにしてくれるって言ったんでしょう?」


落ちた紙テープなどを集め片付ける詩乃。
瑚白は自分の席に座って突っ伏す。


瑚白「それは、そうだけど……」


〇回想・誰もいなくなった会議室(前日、番にされた後)

瑚白「一体何でこんな勝手なマネしたんですか⁉」


立ったままバンッとテーブルに片手をつき正面の紅牙を睨む瑚白。
少し驚いた顔をする紅牙は呆れを含ませた困り笑顔になった。


紅牙「あの後特に文句も言わず実行委員の仕事してたから何考えてるんだろうと思ってたけど……やっぱり怒ってたんだね」

瑚白「『やっぱり怒ってたんだね』じゃないですよ⁉ 怒るに決まってるじゃないですか⁉ 私の了承もなく勝手に番にするなんて!」

紅牙「それはまあ……ごめん。でもあのときはそれこそ無理矢理番にされそうなところだっただろう?」

瑚白「そ、そうですけど……」


微笑み素直に謝る紅牙。
続いた言葉に、瑚白は否定できず口ごもる。


紅牙「あの手の輩には目の前で目的が達成できないってしっかり見せつけてやるのが一番だ」

瑚白「だからって神矢先輩の番になる必要は――」


ピト、と紅牙の人差し指が瑚白の唇に当てられ言葉を止められる。
紅牙は少し妖しさを含ませた微笑みを浮かべ、サラリと髪を揺らし瑚白を見上げた。


紅牙「君にとっては俺の番になるのが一番都合がいいと思うけど……何が不満なのかな?」


頬を少し赤く染めた瑚白の唇から指を離し、紅牙はそのまま指を立ててメリットを話し出す。


紅牙「一、人狼の番になれたから内申点を気にする必要が無くなった」
紅牙「二、さっきの男みたいに無理矢理番にしようとするやつは近付かなくなる」
紅牙「三、俺なら君が望むように、自主退学をしたいと思わない様にエンゲージを失敗して番関係を解消することが出来る」


手を下ろし自慢げな表情になる紅牙。


紅牙「特に三は俺にしか出来ないことだと思うよ?」

瑚白「うっ……確かに、そうですけど……」


メリットを並べられ言葉に詰まる瑚白。
だがハッとして思い出したことを口にした。


瑚白「で、でも! 人狼は番を一途に愛するんですよね⁉ 神矢先輩もそれは例外じゃないって!」


紅牙、キョトンとした顔で軽く驚く。


紅牙「ああ、言ったね?」

瑚白「そんなことされたら私ほだされちゃうかもしれないじゃないですか⁉ それで番を解消となったら自主退学したくなっちゃうかもしれないですし!」

瑚白(最初の実行委員会議のときにそれは言ったはずなのに!)


非難するように睨む瑚白。
だが、紅牙は何でもないことのように微笑む。


紅牙「それは大丈夫だよ。前にも言ったけど俺もそこのところは多少は抑えるし……それに」


一瞬微笑みが皮肉気なものに変わる。


紅牙「番を解消した女子生徒が自主退学する理由のほとんどは、そんな可愛らしいものじゃないからね」

瑚白「え?」


僅かに驚く瑚白。
だが、聞き返す前にパッと明るい笑顔に戻った紅牙が話し出す。


紅牙「なんにせよ、俺は君の望むようにしてあげると言っているんだ。もう番にはなったんだし、エンゲージを失敗するまでは良好な関係を築こう」

瑚白「うっ」

瑚白(そりゃあ、確かに解消する方法はエンゲージの失敗しかないけれど……)


ためらいはありつつも、紅牙の有無を言わせぬ笑顔に押される瑚白は諦めのため息を吐いた。


瑚白「……分かりました。これから少しの間よろしくお願いします」

(回想終了)

瑚白(確かに、私にとってのメリットは多いんだよね)


少し考え込むように顎ひじをつく瑚白。
そこに詩乃の明るい声が掛けられた。


詩乃「あ、じゃあ引っ越しは今日ってこと? 番になったんだから、神矢先輩の部屋に移動するんでしょう?」

瑚白(そのことさえなければ! ね!)


一番の不安要素を思い出し、瑚白はあからさまに嫌そうな顔をする。


瑚白「どうして同室にならなきゃないのよ……」

詩乃「校則で決まってるからねぇ〜」


自分の生徒手帳を開いて見せる詩乃。
《番関係となった生徒は、男子寮の人狼の部屋で共に過ごし仲を深めなくてはならない》と書かれている項目を見た瑚白は詩乃の生徒手帳の両端を掴む。


瑚白「そんな校則破り捨ててやるぅ!」

詩乃「ちょっ⁉ これ私の生徒手帳!」


慌てて生徒手帳を取り返した詩乃は仕方ないなといった様子で瑚白に寄り添う。


詩乃「もう……決まってることなんだから諦めな? ほら、可愛い顔が台無しだよー?」

瑚白「ううぅ……」


今度は半泣き状態になった瑚白の左肩を撫でる詩乃。


詩乃「ここの傷、見られたくないの?」

瑚白「……うん」

詩乃「子供の頃野犬に咬まれたんだっけ?」

瑚白「……うん」

<いまだくっきり残る咬み痕。それ自体もだけど、小学生の頃同級生に見られてオバケ扱いされたのもトラウマになってる。だから他人には極力見られたくないんだ>


小学生男子に「何だよその傷、怖ぇ!」「犬にかまれて犬の化け物になったんだろ!」「オバケだオバケ!」となじられた光景を思い出す。


詩乃「同室になって、見られちゃうかもって心配なんだよね?」

瑚白「うん……神矢先輩は基本優しいから、からかったりはしないとは思うんだけど……」

瑚白(それでもやっぱり出来れば見られたくはないな)


少し落ち込んだ雰囲気。
明るくするかのように詩乃がポンと撫でていた瑚白の肩を叩く。


詩乃「まっ、いくら同室でも男女の関係にならなきゃ見られることはないって!」

瑚白「だっ男女⁉」


一気に顔を赤くして詩乃を見上げる瑚白。


詩乃「というか、本来はそのための同室だし。でも瑚白と神矢先輩は解消するのが目的なんでしょ? ならきっと大丈夫だよ」


明るく瑚白の背中を叩く詩乃。


瑚白「そ、そうだね……」

瑚白(そう、だよね? 神矢先輩抑えるって言ってたし……あれ? 大丈夫だよね?……不安になって来た)


〇学校の会議室(放課後)

広報班三年女子「あれ? 朱河さん今日引っ越しなんでしょう? 神矢くん教室に迎えに行ったはずなんだけど」


文化祭ポスターのデザイン案を広げながら紅牙と同じクラスの三年女子が来たばかりの瑚白へ不思議そうに告げる。
すると瑚白と同じクラスの男子実行委員が驚いた。


同クラス実行委員「何だよ朱河、神矢先輩の番になったのか? 今日は俺たちだけで実行委員の仕事やるから、引っ越し済ませちまえよ」

瑚白「え? でも……」

同クラス実行委員「いーからいーから。そっちの方が優先!」

広報班三年女子「多分すれ違ったのね。ちょっと戻ってみてくれない? 途中で合流出来ればいいんだけど」


有無を言わせぬ二人の様子に押され少し困り顔の瑚白。


瑚白「……分かりました。じゃあ、お願いします」


〇学校・廊下

一人で鞄だけを持ち廊下を歩く瑚白。


瑚白「いいのかな? 本当に実行委員の仕事そっちのけで」

瑚白(まあでも、人狼と番に関することは何よりも最優先にすべきこと!っていうのが学風だしなぁ)


〇学校・階段

階段を下りようとする瑚白。


瑚白(それにしても神矢先輩どこにいるんだろう?)

女子の声「好きなんです! 番にしてください!」


突然聞こえた声に思わず足を止め踊り場の方を見る瑚白。
一年生らしい女子と、紅牙が向かい合っているのが見えた。


瑚白(え? 何? 告白?)

一年女子「初めて見かけたときから素敵な先輩だなって思ってて……何度か声を掛けてもらって、先輩の優しさにやっぱりどうしても好きだなって思って……」

瑚白(あの子、本気で神矢先輩のこと好きなんだ……神矢先輩は、どう思ってるんだろう? ここからじゃ表情は見えないけど……)

紅牙「……ありがとう。でもごめん、もう他の子を番にしちゃったんだ」

一年女子「っあ……そ、そうですか……すみません、困らせてしまって。そ、それじゃあ!」


うつむき階段を下りていく一年女子。
残された紅牙はうつむいたまま動かない。


瑚白(そうだよね、神矢先輩ってモテるんだもん……あんな風に本気で先輩のこと好きになる子もいるのに、私がずっと番として拘束してちゃダメだよね)


軽く拳を握って、よし! と決意する瑚白。


瑚白(神矢先輩だって卒業までにはちゃんとした番見つけたいだろうし、出来る限り早く番解消しよう)

紅牙「……朱河さん?」


呼び掛けにハッとし、踊り場を見る瑚白。
目が合うと、ふわりと嬉しそうな笑みを向けられドキッとする。


瑚白「あ、ごめんなさい。見るつもりじゃなかったんですけど……」

紅牙「いいよ。俺こそごめん、教室まで迎えに行くつもりだったんだけど……遅くなった」


階段を上がってくる紅牙。
手が伸び、自然な仕草で髪を耳に掛けられる。


瑚白(え?)

紅牙「じゃあ、行こうか」


そのまま手を握られ引かれるままに付いて行く瑚白。


瑚白(な、何これ⁉ さっきのといい、この手といい。何か、こ、恋人みたい)


どうしたらいいのか分からないような困り顔で顔を赤くする瑚白。


瑚白(いや、番なんだから恋人なんだろうけど! でも私たちは解消するのが目的だし……神矢先輩、愛情表現は抑えるって言ってたし……って、まさか抑えてアレなの⁉ 私本当に大丈夫かなぁ⁉)


〇男子寮・紅牙の部屋

ガチャッ、とドアを開け中に瑚白を促す紅牙。


紅牙「ここが朱河さんの部屋。シャワールームとトイレは共有でリビング横のドアの方にあるから」

瑚白「あ、はい。ありがとうございます」

瑚白(良かった。同室といってもそれぞれで部屋は分かれてるんだ)


ホッとする瑚白。
その横に瑚白の荷物である大き目のバッグを置く紅牙。


紅牙「それにしても本当に荷物これだけ? 少ないね」

瑚白「あ、はい。必要最低限のものしか持っていないので」

紅牙「……もし必要なものがあれば用意するから、何でも言って」

瑚白「何でもって、それは流石に――」


困り笑顔の瑚白の言葉が終わる前に、紅牙の手が瑚白の頬を撫でる。
優しい目で見つめられ、思わず頬を染め言葉を止めてしまう。


紅牙「いいから。番には何でもしてあげたくなるのが人狼のサガだよ。これでも我慢してるんだから、それくらいさせてくれ」

瑚白「うっ……は、い」

瑚白(これで我慢してるの⁉ なんだかすっごく甘いんですけど⁉)

紅牙「ああ、それと」


頬から手が離れ、代わりに髪をひと房取られ指に絡めて弄ばれる。


紅牙「番関係……要は恋人なんだし、名前で呼んでくれよ? 瑚白」

瑚白「っ⁉」


顔全体を真っ赤にする瑚白。
耐え切れないといったように笑い出す紅牙。


紅牙「くっ……はは! ごめん、やり過ぎたね」

瑚白「なっ⁉ からかったんですか⁉」

紅牙「いや、そんなつもりはないけど……でもこれくらいでここまで赤くなるとか……くくっ」

瑚白(やっぱりからかったんじゃない!)

瑚白「神矢先輩⁉」


非難するように叫ぶ瑚白の額を紅牙は人差し指でトン、と軽く叩く。


紅牙「違う、名前でだろ?」

瑚白「っ~~~! 紅牙、先輩」


頬を染め、悔しげな表情の瑚白。
名前で呼ばれ満足そうに微笑んだ紅牙は、瑚白から離れ部屋を出て行こうとして頭だけ振り返る。


紅牙「あ、とりあえず夕食は各自にしておこうか。それと今日はちょっと用事があるから、瑚白は先に寝てて」

瑚白「あ、はい……」

紅牙「じゃあ今日からよろしく。瑚白」


妖艶に微笑んでドアを閉める紅牙。
見送って閉まったドアに瑚白はポツリと呟いた。


瑚白「……いや、甘すぎでしょ?」


〇男子寮・紅牙の部屋のリビング(夜)

シャワーを終えふわふわニットのショートパンツタイプのルームウェアに着替えた瑚白は、リビングのソファーに座りペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。


瑚白「ふぅ、サッパリした!……それにしても、紅牙先輩遅いな」


部屋の出入り口のドアを見て少し前の甘い行為を思い出す。


瑚白(さっきは紅牙先輩の甘さと色気に呑まれちゃったけど、やっぱり仮の番でしかないのに色々用意してもらうとか悪いよ)


ペットボトルをローテーブルに置き、代わりに近くにあったクッションを抱きしめ紅牙が一年女子に告白されていたことも思い出す。


瑚白(それに、早めにエンゲージ失敗して番関係の解消をしようって言わないと)

<一応高校を出てからも番は探せるらしいけれど、かなり難しくなるらしい……理由は明かされていないけど>

瑚白(だから紅牙先輩だって卒業までにはちゃんとした番を見つけたいはずだよね)

瑚白「こういうのは初めにちゃんと話し合っておかないと……」


ウトウトと眠そうな瑚白。


〇男子寮・紅牙の部屋のリビング(深夜)

ガチャリと静かに部屋の出入り口のドアが開き、紅牙がそーっと入って来た。


紅牙(瑚白は流石に寝てるよな?……って)

紅牙「え……?」


ソファーで眠る瑚白を見つける。
安らかに眠る顔。
髪を上げていて露わになった首筋。
ためらいもなくさらけ出された太もも。


紅牙「っ……」


息を詰まらせ真顔になった紅牙は瑚白をお姫様抱っこして彼女の部屋へ運ぶ。
ベッドに下ろすと、瑚白の目が覚めた。


瑚白「んっ……あれ? 紅牙先輩?」


ハッとして上半身を起こそうと肘をつく瑚白。


瑚白「あ、おかえりなさい。あの、私話が――」


言葉の途中で紅牙は瑚白に覆いかぶさる。
その頭には狼の耳が出ていた。


紅牙「……瑚白さ、何か勘違いしてない?」


皮肉気に笑う紅牙。


瑚白「え? 紅牙、先輩?」

紅牙「俺がただ人助けのために瑚白を番にしたとでも思ってる?」

瑚白「っ⁉」

紅牙「もちろん半分はそうだよ。でも、もう半分は単純に瑚白のことが気に入ったからだ」

瑚白「それって、どういう……」


戸惑う瑚白の太ももを軽く撫で、顔を近付けると耳たぶを甘噛みする紅牙。
そのまま耳元で囁く。


紅牙「こういうこともしてみたいと思ってるってことだよ」

瑚白「っっっ⁉」


驚き、カッと顔を赤くする瑚白。
紅牙は瑚白から離れ、不敵な笑みを浮かべて彼女を見下ろした。


紅牙「気に入ったから、番にしたんだ。……番にした女からはイイニオイがするようになる。だから、どうしたって欲しくなるんだ」


また紅牙の顔が瑚白に近付く。
それを止めるように紅牙の胸を押す瑚白。


瑚白「おおおお、抑えるって言いましたよね⁉」

紅牙「ああ、これでも抑えてるよ?」

瑚白(どこが⁉)


紅牙は胸を押している瑚白の手を取り、その手のひらにキスをする。


紅牙「言っただろ? 俺に愛される覚悟を決めろって」

瑚白「で、でも! こんなことされて絆されちゃったら困るんですが⁉」

紅牙「そんなに困るんなら、今みたいに無防備な姿さらしてたらダメだろ?」


獲物を狩るような狼の目をする紅牙にゾクリとする瑚白。


瑚白(ちょっ、これ、マズイかも……)


身の危険を感じた瑚白だが、次の瞬間紅牙はパッと離れた。
狼の耳も無くなる。


紅牙「というわけで、次からは気をつけろよ?」

瑚白「へ?」


突然の変化に驚く瑚白を置いてベッドから下りた紅牙は、そのまま瑚白の部屋から出る。
ドアを閉める前に胡散臭いくらいの笑顔を見せる紅牙。


紅牙「じゃ、おやすみ」

瑚白「……」


ドアが閉まると、瑚白はベッドの上で怒りと恥ずかしさからプルプルと震えた。
そして紅牙の出て行ったドアの方を睨み心の中で叫ぶ。


瑚白(人狼は、やっぱりキケンな存在だったんだー!)

【二話 同室はキケンな香り⁉ END】