ガラガラッ。

そんな音が響くけれど、その音は一瞬にして消えて行く。

「……今日もよろしく、お願いします。」

見たくない。顔なんか。


あんなにあっさり終わるって……「心、今日はどこを教えてほしい?」

ニコッと笑っているであろう眼鏡を直しながら言う先輩。

「先輩、今日はーーーーーーーーーーーー「数学?理科?歴史?何?」

ーーーーーーーーーーーー何もしたくないです。

そう言いたいのに、先輩が言葉を遮ってくる。
いや、自分が言いたくない。


「あ、あのーーーーーー「チョコ、嬉しかった」

ほら。また。
嫌だよ。先輩の作り笑顔なんて。


「………」

「沈黙?みんなもすごいよね?俺、びっくりしちゃった」

「先輩。」

「何?」

「チョコ、美味しかった、です、か?」

まだ、私は俯いたまま。
鞄をぎゅうと強く握りながら、胸が苦しくなる。

チョコ。“友”チョコ。

本命じゃないチョコ。

自分が渡したかったのは、“友”じゃなくて、“本命”。



「……いや、まだ、食べてない」


「えっ!?な、なな、んで……。」
私はやっと俯いた顔を先輩に見せた。


不味そうだった?

見た目がぐちゃぐちゃだった?カオスだった?

私がお母さんにヘルプを頼まずに料理本を見ながら、作ったけど。


「不味、そうでし、たか?」

「どうかな?見てないし……じゃあ、食べさせてくれる?」

「……えっ?」

そう私が思っているうちに、私が手作りしたチョコの箱を出して、私の方へと先輩は向かってきた。

「せん、ぱい?」

「ほんと、壊したい、この顔」
そう言うときには、もう、私の目の前に来ていて。

こ、壊す……?

「可愛い。ねっ?食べさせてくれたら、教えるから」

「いや、私、今日は、勉強良いんですーーーーーーーーーーーー「食べさせろ。心」

「……っ!?怖いですっ……」

「何?俺が俺様だから、怖い?」

「はいっ!そうですよ!」

「ふーん。怖いんだ」

「怖いですよ……もう!先輩ったら!」

「アハハハ!」って笑ってたら。

パシッ!
先輩が私の両方の腕を片手で掴んで。

「えっ……!?ちょっ、先輩!?」

そう私が言ったら、先輩はニコッと笑って。
でも、その笑みには、何かを狩ろうとした獣のようなものが一瞬だけ見えて。


先輩が……なんか、怖い!!!!

私が今まで見たことのない顔だ……。
その前ぐらいの怖い顔は見たことがあるけど。

今の先輩の顔は見たことがない……。



「せ、先輩?どうしちゃったんですか?……怖いですよ……先「美味しそう。心のチョコ」

先輩はそう言いながら、私が作ったチョコを少しだけ齧っていて。

その顔が獣を狩ろうとする顔で。


その顔が私には怖いと思ったけれど、
私は先輩から「美味しそう」という言葉、声が聞こえただけで安心した。


でも先輩は、齧ったと思ったら。

私の視界を先輩は、もう一つの手で遮らせて。


ものすごく小さい私が丹精を込めて作ったチョコを私に齧らせた。


まるで、先輩と私が、キスでもしているかのように。


先輩の唇と私の唇がもう少しで、交わろうとした時に。



パキッ。


「あはっ。可愛い……、心」

「……っ?!」

耳がくすぐったい……!!

「耳元が心は弱いんだ……。……うん。美味しい。」

「美味ひいですか?本当に?」

まだ、視界がひらけない。
真っ暗で、先輩の声が真っ直ぐ聞こえるだけ。

「………ねえ、そんな無防備な姿、見せちゃダメだから……いい?」

コクコク。
そう私は首を振るだけ。

だけ。
でも、首を振らなかったら、先輩が何をするかわからない。


「さぁ、やろうか……心。」


なんか、先輩が怖いんですけど……!!?


私は、神代蓮(せんぱい)の新たな声が聞こえたのが、少しだけ嬉しく感じてしまったのは。

悪い、ことだろうか。