「……」

 サチの指を辿って無言で空を見上げる男。
 すると丁度上の方から大きな声が聞こえてきた。


「ったく、ふざけんなよ⁉︎ あの男どこ行った⁉︎」

 上の階の部屋の住人。
 一応ここに引っ越してきたときに挨拶したし、知らない相手ではない。

 確か夫婦で住んでいたはずだ。
 ちなみに子供はいない。

 子供の足音とか気にしなくて良いな、と安心したのを覚えている。


「ここにほかの男連れ込むの、これで何回目だ⁉︎」
「ごめんなさい! だからこんなところで叫ばないで。誰かに聞かれたら……」

 旦那さんの怒りの声と焦り混じりの奥さんの声。
 その会話だけである程度の事情は察した。

 つまり、この半裸の男は上の部屋の奥さんの不倫相手で、旦那さんに見つかり逃げてきた、と……。

「あはは……ごめん、ちょっとだけお邪魔します」
「すぐにお帰り下さい」

 サチは真顔でベランダのドアを開けた。

 見ず知らずの、しかも人妻と関係を持つような男を部屋に上げたくなかったが、仕方ない。
 流石に突き落とすわけにはいかないだろう。


「申し訳ないついでに大き目のシャツとサンダルか何かあると助かるんだけど……」
「……はぁ、あそこにあるの持っていっていいですよ。どうせ捨てるつもりだったし」

 何なら全部持っていってくれないかな、と思う。
 捨てる手間が省けるというものだ。

「へぇ男もの……彼氏の? いや、でも捨てるってことは別れてんのかな?」
「あなたに関係ないと思いますが?」

 詮索するなと睨みつける。

 顔は好みの部類に入るし、体つきも引き締まっているが、今の状況では不審者と変わりなかった。