「……僕は、そういった意味できみを裏切ったことはない。信じてもらえないとは、思うけど……」

 メリッサが世を儚む最後の一手となった、僕があの女と結婚するという噂も、本人が仕込んだものだった。命をも狙ったわけではなかっただろうが、人々の口を介して王都から離れたドルッシオ伯爵領にまで聞こえるほどに。

 ベッドの上のメリッサと、椅子に座る僕。その間にはアンナマリア殿下とルナリアがいて、僕たちの今の距離を明確に示していた。
 息を詰めて、どうしても手元に落ちる目線を上げる。すぐに逸らされてしまったけど、一瞬目が合ったことに胸が跳ねる。

「…………わ、たし、は……………」

 メリッサは揺れる目を伏せた。ルナリアが落ち着くようにとそっと肩を撫でる。
 僕はそばに寄ることも出来ず、この場から見つめるしかなかった。

 僅かにでも気持ちを離してしまったのは確かで、そこに言い訳のしようはない。

「……泣かせて、追い詰めて、きみを傷つけた。そんなつもりはなかったけど、だからこそ罪は重いと思っている。一生をかけても償えない、許されるものではないと」

 こぶしを握り締める。呼吸が浅くなり、声が震え、目頭が熱くなる。――泣くな、僕にそんな権利はない。涙で許しを請うな。
 メリッサが顔も見たくないと言うなら姿を消そうと、決めている。不快にさせないよう陰から彼女の幸せを支える。それすら許されなければ……。
 僕の自業自得だと理解していても、この先の道を違える人生を思えば胸が締め付けられた。

「…………許せないと言うより、信じるのが……こわい…………」

 か細く、吐息のように漏らされた声。僕は目を閉じ、唇を噛み締めた。

「……当然、だと、思う」

 エリー・キャンベルは、以前の事情聴取で見抜けなかったのが嘘のようにあっさりと容疑が確定した。本人が妄想を事実と思い込んでいると判明したからこそのそれを考慮した取り調べの結果だが、辿り着くまでの過程で被害が大きすぎた。
 加害者が処罰を受けたからといって、被害者が負った傷はなかったことにはならない。もう二度と顔を合わせることはないと言われたところで、癒えるようなものではない。

 メリッサはこれからゆっくりと食事を摂れるようになるだろうけど、現状肌は青白く、頬も痩せこけている。昨日衝動的に抱いた肩はあまりに細く、力を込めたつもりはなくとも折ってしまうのではと怖くなるほどだった。
 それは、眠り続けていたからか、そうなる前から拒食に近い精神状態だったからか、その両方か。

「顔も見たくないだろうけど、きみがもう少し元気になるまでは、このまま伯爵の手伝いをさせてほしいと考えている」

 まだ後遺症の有無もはっきりしていない。しかし何かしらは残るだろうと言われている。
 僕に出来る償いは、きっと多くない。拒否されたらそれまでで、強引にでも支えていきたい気持ちはあれ、それは押し付けでしかない。

 返事のないメリッサから視線を外し席を立つ。
 こうして僕たちの再会して最初の話し合いは終了した。