すべての始まりは、エリー・キャンベルが建国花冠祭で仲睦まじく過ごす僕とメリッサを目撃したことだった。
 通称花祭りは、この国の春の恒例行事。建国時期と花の季節が重なることから同時に行われる、国内最大のイベントだ。城下では音楽隊や花を撒きながら舞う踊り子、王族も参加してのパレードがあり、大いににぎわう。

 僕たちはあの日、慣習通りパートナーの証として揃いの花冠をつけ、愛馬に二人乗りしてパレードの一員となっていた。
 花々で彩られた街並みは華やかで、笑顔があふれる思い出のひとつになった。……はずだった。

 エリー・キャンベルは、こともあろうにパートナーに対して紳士的に振る舞う僕の姿をこそ気に入ったらしい。そして相手であるメリッサの立場に成り代わるべく、動き出した。

 当時まだ低学年で授業は基礎科目ばかりだったエリー・キャンベルは、学園の教師に後学のためにと頼み込み年長生徒のお茶会に入り込んだ。社交についての授業が始まる中学年を前にしていたため、教師も不審には思わなかったらしい。

 そこで、エリー・キャンベルはメリッサとの対面を果たす。

「はじめまして」

 と微笑んで、

「オスカー様のご婚約者様ですよね」

 と初対面時から僕の名前を持ち出し、会うたび、会うたび、ありもしない関係性を匂わせた。何度も、何度も。
 ――それは毒だ。毒をメリッサの心に擦り込み、じわりじわりと染み込ませ積もらせていった。

 そうして、僕に接触をする。あなたの婚約者に嫌がらせを受けています、などとのたまって。

 僕からしてみれば、エリー・キャンベルと顔を合わせた時のメリッサの挙動は彼女らしくはない強ばったものだった。しかしメリッサからしてみれば、不貞相手との逢瀬を突きつけられているようなものだったのだから当然だ。

 僕や周囲からは見えないように、時には自分に好意的な者たちに聞かせるように、メリッサに対し僕との事実無根の逢瀬を語り、裏では階段から突き落とそうとし、落とされたふりをし、飲み物をかけられただとか毒を盛られかけただとか自作自演を繰り返し、仲良くしたいと香水を贈ったと装い毒を所持させるべく送り付けた。
 次々仕掛けられる罠は、そうと知れば稚拙なもので、それなのにそんなものに翻弄されたことに改めて言葉を失う。

 メリッサの口からその時々の気持ちを伝えられ、彼女の記していた日記を読んでいたとはいえ、自分の愚かさに目の前が真っ暗になる。

 極めつけは婚約解消した後、悲劇のヒロインぶるエリー・キャンベルが友人としてとはいえタウンハウスへの出入りをしていたことだ。
 邸内ではさして親しくもない令嬢との認識のもと、僕自身二人きりにはならないよう気をつけ、使用人たちも二名はそばに控え、ドアも常に開けるなどしてはいたが、部外者からは見えたものではない。

 僕にとっては情けからでしかなくとも、世間はそうは思わなかった。使用人にでも聞いてもらえれば誰もが否定しだろうが、それでも外聞が悪いから否定するのだろうとでも思われたかもしれない。
 なんせ本人が恋人なのだと喧伝していたのだから。