寝たきりのメリッサは食事での栄養摂取が出来ないため、神官が日に一度、癒しの力の転用だという術を施す。
 喉の渇きくらいはどうにかしてやれないかと、メイドや僕が水分を含ませた布で時折唇を湿らせるそれが少しでも助けになっているかはわからなかったけれど、そのうちに嚥下するような反応を見せるようになった。


 そうして半年が経過して、その日は突然訪れた。


 すっかり日課となった、メリッサの枕元で今日一日の出来事を話して聞かせていると、繋ぐように握っていた手のひらが、ぴくりと動いた。驚く間もなく、瞼が震え、ゆっくりと開いていく。
 咄嗟に声が出ない僕の後ろで、メイドが慌ただしく駆け出していった。

 ぼんやりとした視線がさまよい、僕を見つける――よりも、僕が衝動のままに彼女へと抱きつく方が早かった。涙があふれて止まらない。
 無理をさせるわけにはいかないと、その程度の意識はどうにか働いて、抱き起こすでもなく華奢すぎる肩に額を押し付け、微かな身じろぎを感じながら泣いた。


「……お、すかー、さ、ま……?」


 掠れきった声が、僕の名前を、口にする。
 返事をしようと思うのに、込み上げる感情の波に飲み込まれ、口を開くも嗚咽を堪えた呻きのようなものしか出ない。

 顔を伏せるような僕の動作には、こちらを認識して変わるだろう顔色を見るのが怖いという浅はかな気持ちもあったと思う。それでも何を言われる覚悟も出来ているつもりで、だけど僕の顔なんて見たくないだろうとも考えがよぎって、顔を上げるに上げられなくなる。

「メリッサ! 目が覚めたのか!」

 伯爵と夫人が部屋に飛び込んできたかと思うと、僕の肩を力ずくで押しやり、僕は抵抗もままならず床に転がった。

「おと……さま……お、かあさ……ま……」
「ああメリッサ……!」
「よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた!」

 夫人は泣き崩れ、伯爵もまた涙声だ。言葉をかけながら、妻と娘それぞれの肩に手を置く。
 メリッサは駆けつけた医官、神官からの診察を受けている間もどこかぼんやりとしていて、それは報告を受けたアンナマリア殿下とルナリアが急ぎやって来るまでそうだった。