少しでも早く、と急く僕を予想していた殿下の計らいで、そのままパーティーを抜け城から転送門を通ってドルッシオ領の邸宅へ。伯爵は前回会った時より幾分か和らいだ顔で部屋へと通してくれた。

 指先が震えるのはこれが原因かと思うほど胸を打つ鼓動を感じながら、部屋の奥に置かれたベッドに向かう。下ろされたカーテンに手をかけ、引き上げるようにゆっくりと開く。
 明らかに誰かが横たわっている布の膨らみ、そして現れる長い髪、力ない細い腕、

「――――――ッ、メリッサ、」

 ひさしぶりに見た愛しい人は、眠っているようでいて、ただ眠っているにしては透けてしまいそうなほどに白い肌をしていた。
 もう会えないと思っていたメリッサに再び会えた喜びと、意識の戻らない様を目の当たりにした衝撃とで、視界がじわりと滲み出す。

「ごめん、メリッサ……ごめん…………」

 床に膝をつき、その手に縋りついて、名前と謝罪の言葉を繰り返す。それで楽になるのは僕の心だけだとはわかっていても、懺悔せずにはいられなかった。

 医官と神官は人員交代しながら邸宅に駐在し、定期的に様子を見、治療を施しているという。常時そばに控えているのはメイドだということだけど、今ばかりは伯爵の配慮で席を外してくれている。
 二人きりの室内は静かで、僕が鼻を啜り上げる音ばかりが響いた。

 彼女に、僕は何をすることが出来るだろう。出来ることなんてあるのだろうか。
 何もないのかもしれない。何をしてもただの自己満足にしかならないのかもしれない。それでも出来ることを探していこうと改めて誓う。

 その日から僕は、伯爵に許しを得て邸宅に滞在した。
 毎日メリッサの顔を見て、静かに眠る彼女に話しかけ続けた。

 朝の挨拶から始まり、天気について、使用人から聞いたこと、殿下たち友人や彼女を慕う後輩から届く便りのこと。
 他愛ない話ばかりではあるけど、事件以前の僕たちなら息をするように自然と話していただろう会話。

 さすがにずっとべったりというわけにはいかないから、伯爵の仕事を教わりながら補佐している。
 本来ならメリッサが次期伯爵となる予定だったため、配偶者として行うはずだった仕事をこんな形ですることになるとは。

 一人娘であるメリッサの意識が戻らない現在、後継者の座は空席の状態だ。意識を取り戻したとしても領地経営出来るほどに回復するかはわからず、いずれ縁戚から養子を迎えることになるかもしれないが、伯爵もまだ若く、言葉にはしていないものの可能であるなら愛娘に譲りたいというのが本音だろう。

 医官によると、メリッサの身体はほとんど回復していると言う。神官から見ても、あとは本人次第であろうと言う。
 自ら死を望んだのだ、肉体が回復したところで精神はまた別の話。目覚めたくないのかもしれない、と言外に告げられて、ぐ、と息を飲み込んで、ただ頷いた。