ロステット商会の周年祝いのイベントの会場で、飲み物を手にメリッサのもとへ戻ろうと足早に進めていた歩みが思わず止まった。
強ばった表情を浮かべたメリッサ。僕は駆け寄って顔を覗き込む。
「メリッサ? 気分が悪いなら外の空気を吸いに行こうか?」
「……オスカー様……」
弱々しい吐息に、グラスを放した手を背中に添えてテラスへと連れ出した。
明るいテラスは眺めがよく、手入れの行き届いた庭が見下ろせる。季節の花々が風に揺れ、爽やかな空気が肌に心地よい。
「メリッサ、今日はもう切り上げて帰ろうか」
ゆっくり深く呼吸を繰り返しても、戻らない顔色。
「……でも、」
「商会長殿には挨拶したわけだし、大丈夫。気にすることはないよ」
「奥様にもまだお目にかかってないですし……」
「奥様も後日きみが元気な顔を見せてくれる方が嬉しいはずさ」
イベントを主催するロステット商会は庶民から貴族までを顧客としていると言われていて、商会長は庶民から準男爵になり、今では女伯爵の配偶者に収まりながら意欲的に事業を拡大し続けているという人物だ。
彼の不興を買うのは避けたいという一般的な考えを知るメリッサは、きっと僕の進退を考え自分の状況を重く受け止めてしまうのだろうと理解出来る。
しかし実際に関わりを持つと気のいい男性だ。もちろん経営者として厳しい顔も持ち合わせているのも垣間見る雰囲気で察せられるが、体調を崩した女性に無理を強いるようなことはないはずだ。
うっすらと滲む涙を指先で拭い、腰を屈めてその瞳を覗き込む。視線を合わせて安心させるようにと微笑むけど、メリッサは息苦しさを堪えるよう唇を噛んだ。
「ごめんなさい……」
――きみの情緒がなんだか安定していないことに、僕は気づいていたはずだったのに。
出掛ける先々でメリッサがらしくもない言動をするようになったのは、こうした不安定な状態を見過ごしてきた結果だったのだろうと、そう後悔していた。これから先もこれまで通り、二人の関係性は揺るがないと勝手に思い込んでいたからだと。
この時すでにすべてが始まっていたなんて、信頼を奪われていたなんて、想像もしていなかった。



