幸せそうに僕を見上げるものだから、背筋が冷え、思わず後退りしそうになる。実際どこからか小さな悲鳴が聞こえ、周囲との距離が幾分開いた。
 誰が聞いても噛み合わない会話。何ひとつ正しい事実などありはしないのに、本人はそうと信じて疑っていないのが、様子から見て取れる。不可解なことに。

「何がどうしてそうも歪んだ認識をしているのか知らないが、現実はあなたの言うようなものではない。メリッサは誰に恥じる行為もしていないし、あなたがしているのは彼女に濡れ衣を着せる行為だ」
「濡れ衣だなんて。だって、もしそうならメリッサ様が何もおっしゃらなかったのはおかしいもの」

 ……そう、メリッサは何も言わなかった。

 当時の僕は無実を訴えてくれたら信じようと考えていたし、噂を知った今なら、それを信じていたなら詰ってくれたらよかったのにと思った。

 諸々の事件の捜査官の中には、嘘を見分ける能力に長けた人員もいた。

 メリッサも理解していたはずで、身の潔白を話しさえしていれば、それは間違いのないことだと保証されただろう。いくら被害者が真に自身が被害を受けていると信じ込んでいても、悪くともどちらもが正しい証言をしていると取られたはずだ。
 だというのにメリッサは口を開かず、被害を主張する意見に嘘はないと判断された。何も話してくれなかったメリッサを、恨むような気持ちになったりもした。

 だけど、違う。違うのだ。

 握り込んだこぶしが震える。こんな場所でなければ、衝動に任せていたかもしれない。
 死人に口なし、もう想像するしかないけど、メリッサはきっと話すに話せなかった。

「なあ、いったいいつから、あの子を苦しめていたんだ……!」

 信じていた、誰より信じられたかった僕に、裏切られたと思って打ちのめされていたのだろうから――。