「ありがとう、そしてすまない。関係のないあなたを振り回してばかりだ」
「まあ。関係がないだなんて悲しいことをおっしゃらないで」

 キャンベル嬢は青い瞳にうっすら涙を浮かべ、僕の手を取る。

「あたしはオスカー様が一人で苦しまれる方がつらいです」

 ……ああ、すべて。すべてが夢ならよかったのに。
 目を閉じ、もう何度目とも知れないことを思う。そのたび現実を突きつけられるというのに、繰り返し、繰り返し。

「そうだオスカー様、あたしお菓子をご用意しましたの。数日お会い出来なかったから、何か差し上げられるものはないかなと思って作ってきました。特別おいしくなる魔法をかけてるのよ!」

 他愛のないおしゃべりは、普段なら息抜きになっていいかと話すに任せているけど、

「すまないが今日は、いや……しばらく一人にしてくれないか」

 深く漏れ出たため息とともに言葉を吐き出した。
 今は何を話しかけられたところで耳に入らない。小鳥が騒がしく囀っているかのように、神経だけを逆撫でていく。
 キャンベル嬢は傷ついた表情を見せ、それでもすぐに笑顔を作って受け入れた。

「わかりました。また日を置いてから遊びに来させてもらいますね! その時はお元気な姿を見せてくださいね!」

 あえて明るく振る舞ってくれているんだろう、申し訳なさもうっすらと湧くが、今は一人になりたかった。静かに思いを馳せたかった。メリッサの冥福を祈りたかった。……きみのことを、ただただ想いたかった。

 使用人も全員下がらせた部屋は静かで、気だるさを自覚しながらも横になる気にはならなかった。
 目を閉じれば浮かぶのは、あの頃の穏やかな日々。この部屋にも何度も遊びに来ていたから、思い出もたくさん残っている。心地好かった控えめな笑い声が耳によみがえり、けれど次の瞬間には婚約解消を告げた際の弱々しい声が責めるようにこだまする。

 メリッサの実家である伯爵家からの連絡は届かない。訃報も、葬儀についても、出した便りについての回答も、何も。
 婚約解消後も家同士の交流はないではなかった。世間に何事もなかったと見せているのに突然疎遠になれば怪しいからと、しかしそれも次第に減っていったのは当然のことなのだろう。
 彼らは、メリッサの無実を主張していたし、心から信じていた。対外的に、領地での謹慎としただけで。

 こんな時にも、知らせひとつない関係になっていたのだと、突きつけられた。
 不祥事あってのこととはいえ、繋がりを断つような判断を下したのは僕だ。メリッサの手を離したのは、僕なのだ。