司祭は蒼白な顔をしてティアを見ている。
 腰が抜けたように地面に座り込んでいた。

 ティアは起き上がらせようと手を差し伸べた。
 すると、司祭は地面に転がる石をティアに投げつけた。

「来るな! 化け物! ドラゴンを扱う悪女め!!」
「違います! 私はみんなを助けたくて!!」
「うるさい! うるさい! うるさい!! 私はその姿に騙されないぞ! そうやって慈悲をかける振りをして、男を惑わす悪女なのだ!!」

 罵りながら次々と石を投げ続ける。
 子供たちは、豹変した司祭の姿を見て、恐れおののき震えて泣く。

「司祭様?」
「どうして?」
「やめてぇ!」

 子供たちを庇う修道女は、司祭から子供たちを守るようにギュッと抱きしめた。

「司祭様……」

 ティアが一歩足を踏み出すと、司祭は尻をついたままジリジリと後退しつつ、石を投げ続ける。

「来るな! 来るな! この悪女!!」
 
 カツリ、小石がティアの額に当たった。
 ティアの額から血が流れた。

「キュァァァ!!」

 キュアノスが空から咆吼し、翼を広げた。

「だめよ、キュアノス! こんなの平気だから!」

 ティアはキュアノスを止める。そしてもう一度司祭に呼びかける。

「……司祭様。話を聞いてください」
「耳が腐る! 空気が汚れる! 早くこの場から出て行け!! 今さら謝っても無駄だ。縋っても私は騙されない!!」

 ティアは傷ついた。
 すべては、今まで育ててくれた司祭と乙女の楽園のためだった。
 それなのにこの仕打ち。
 ティアはうつむき唇を噛む。

「司祭様……」
「私を呼ぶな! 今さら縋っても無駄だ! お前は除籍した。ここにお前の居場所はない!! ざまぁみろ!! そして、ここは完璧な楽園になる――!」

 司祭は狂ったように声を上げて笑った。

「ならば、女神は俺がもらおう」

 イディオスの声が響いた。同時にドシンとホワイトドラゴンが庭に降りる。
 イディオスはホワイトドラゴンから飛び下りた。マントがヒラリと翻る。そしてティアの前に跪いた。

「っ!? イディオス!?」
「俺のもとに来てください。ティア。こんなところいるのは宝の持ち腐れだ。エリシオンなら、あなたの力を思う存分に発揮できる」

 そうして真剣な眼差しで、右手を差し出した。
 真面目な顔のイディオスが、ティアはまだ少し怖い。剣を向けられたことを思い出すのだ。
 しかし、こくりと頷き手を取った。

「はい!」
「では、行きましょう!!」

 イディオスはティアを当たり前のように抱きかかえる。
 ティアは、いびつに笑う司教を見おろした。そして告げる。

「ありがとう。私、除籍されたかったの!」

 そして優雅にニッコリと笑った。
 司祭は思わず目を奪われ、笑いを止めた。
 子供たちもぽうっと見蕩れた。

「これからは自由に生きます!」

 ティアの宣言を聞き、イディオスは満足げに笑った。
 そして、ティアを抱えてホワイトドラゴンの背に飛び乗った。するとドラゴンは翼を羽ばたかせた。

「ティアねー!」
「ティア姉ちゃん!!」
「まって! 行かないで!」
「おねぇちゃん!!」
「ティア! あなたがいないと困るわ! 戻ってきて、ティア!!」

 子供たちが追いすがる。修道女もティアを呼び止める。
 ティアはその姿に胸を痛めたが、除籍されたのではどうすることも出来ない。

「みんな、元気でね!」

 にじむ涙を手で拭って、ティアは手を振った。


 その様子を隠れ見ていたのは、土の精霊王だ。

「あの子がエリシオンに行くなら、妾≪わらわ≫もついていこう」

 土の精霊王は小さく笑った。