ギリッと、奥歯を噛みしめる。


 聖良が、自分から吸わせた。

 どういう状況だったかは分からないが、それが事実であることに変わりはない。

 抵抗しなかった。
 それは、あの男を受け入れたということだ。

 その証拠に、彼女は岸を選んだ……。

 危惧していた通りの状況にドロリとした黒い感情がマグマのように胸の内を焼く。


「……認めない」

 そうだ。認められるものか。

 聖良を――“花嫁”を手に入れられるところだったんだ。

 彼女の心は俺にも向けられていた。
 そして俺も、彼女を愛しいと思っていた。

 そのままお互いを思って、うまくまとまりそうだったのに。


 諦められるわけがない……岸になど渡すものか。

 幸いと言うか、岸は違反者でお尋ね者だ。
 周囲が聖良と岸の仲を認めないだろう。

「ちゃんと、分からせてやらないと……」

 お前が選ぶべきは俺なんだと、岸を選んでも辛いだけなんだと、分からせてやらないと……。


 そう考えてやっと心を落ち着かせることが出来た俺は、再び車を発車させる。

 聖良、お前が選ぶべき相手は俺なんだ。

 俺でなくてはいけないんだ。


 早く、それに気づけ――。