「ダメでしょ? 帰っちゃあ」

「は? 有香、何言って――」

 こんな聞き分けのないことを言う子じゃないはずだ。

 (いぶか)しんで聞き返すとスマホを持っていた腕を掴まれる。

 思いがけない強い力に、そのままスマホを落とした。

「いったっ! 何?」

 いつになく乱暴な有香に当惑する。

「聖良が欲しいって言ってる人がいるの。あなたはその人のところに行かなくちゃ」

 焦点の合わない目で見下ろされた。

 有香なのに、有香じゃない感じ。


「有香……? どうしちゃったの?」

「聖良先輩! っ⁉」

 異変を感じたらしい俊君が私を呼んだけれど、近くに来ることはなかった。


「ちょっ! 離してください!」

 浪岡君の声も聞こえて、頭だけ振り返る。


 二人は友人にしがみつかれていた。

 俊君と浪岡君の力なら振りほどけるだろうけれど、一般人相手だからか少し躊躇っているみたいだった。


「二人とも! ねえ有香、冗談はやめて。離してちょうだい」

 有香に向き直りもう一度語り掛ける。

 でも、その声は震えてしまっていた。


 冗談でもなんでもないことは嫌でも感じる。

 有香の目は、私を見下ろしているのに私を見ていない。

 まるで、催眠術でも掛けられて操られているかのような……。


「っ!」