バサッ


 でも、覚悟した痛みが来る前に黒が見えた。

 まるで天空の月から闇のしずくが落ちてきたように、美しい黒が落ちてくる。

 その黒は私たちのすぐそばに降り立つと、私にのしかかっていた《それ》の襟首を片手で掴み持ち上げ、アスファルトに投げつけた。


「ぐあっ⁉」


 遮る《それ》が無くなって、その黒の姿が良く見える。

 半月の僅かな月明りの下、全身黒で包まれた彼はとても美しく見えた。

 両耳にあるシルバーのリングピアスだけが月の光に反射してきらめいている。

 ああ……やっぱり、彼には闇が似合う。

 惹かれるままに思い、その名を口にした。


「櫂人、先輩……」