「ドビュッシーの『月の光』だな」
「すごい……上手だね……」
美しいのにどこか破滅を予感させるような。
ゆったりとしていて落ち着く曲調なのに、唐突に泣きたくなるような。
そんな気持ちにさせられる。
どんな人が弾いてるのか気にならない?
訊いたわたしに、気にならないとノアは言う。
どうしても気になってしまうわたしは、少し、ほんの少しだけ覗いてみようとドアに手をかけた。
「わーお、出た出た。十八番の覗き」
後ろの声は無視して、そうっと数センチドアを開けると。
その瞬間、中に押し留められていた音色が、ぶわっと廊下にまで溢れ出してきた。
透明な空気に音が含まれて旋律が漂う。
そのあまりの迫力に、光景に圧倒されたわたしは、「わっ……」とつい声を漏らしてしまった。
するとそれが届いてしまったのか。ぴたりとピアノの演奏が止まった。
こちらに背を向けていたその人が、ゆっくりとこちらを振りかえる。
宝石のようなアイスグリーンの瞳、ノアに負けず劣らずの高身長。
淡い光を含んだ金糸がさらりと揺れた。



