その日は委員会の仕事が長引いて、わたしは早足で廊下を進んでいた。
すぐに終わるだろうと思って教室に置いてあったかばんを取って、最後だったので施錠をしてから職員室に寄った。
「次の電車、間に合うかな」
「あと14分。いつもより少し速く歩けば間に合うぜ」
「早歩きか……息上がるんだよね」
「お前はもうちょい運動をしろ。だから50メートルも12秒でしか走れないんだよ」
「なんでそこまで言われなくちゃいけないの?別にいいじゃん。敵に追われて死にもの狂いで逃げる機会があるわけでもないし」
「あるかもしれねえじゃねえか」
「ないよ絶対、ないよ。映画の観過ぎ」
「俺は映画は観ねえ」
「はいはいそうでしたね」
憎まれ口が減らないノアを置いていくように歩く速度を速めたときだった。
前を通り過ぎかけた音楽室から、かすかなピアノの音が聴こえてきたのは。
とろりと流れるような旋律は一言一句違わない演説のような正確さを保っている。
なんていう曲かはわからなかったけど、どこかで聴いたことのあるメロディーだった。



