少しずつ暑くなってきた日中に比べて、夜はまだまだ涼しい日が続く。
「寝ないの?」
後ろからたずねたわたしに、ノアが予測していなかったように少し驚いた顔で振りかえった。
そしてすぐに、ふ、と笑う。
「まるで人間に対するように訊くんだな」
「……そういう意味で言ったんじゃない」
とっさに出てしまっただけだ。
他意はないし、ノアを人間のように扱っているわけでもなかった。
いつもならとっくにスリープモードになっているノアが、めずらしくベランダに出ていたから。
だから気になってわたしも声をかけただけにすぎない。
「あまり、あれはもうできたのか?」
「あれって?」
「この前観た映画の感想文と、課題」
ああ、とわたしはその存在を思い出す。
「感想文はできたけど、課題がいまいち進まなくて」
このまえ鑑賞した『銀河鉄道の夜』の感想を書くのはその日のうちに終わらせた。問題はもう一つの課題だった。
────宮沢賢治の考える、“ほんとうのさいわい”とは何でしょう?
乳白のざらついたプリントに並ぶその文字が、現在進行形でわたしを苦しめていた。



