「……嫌なら別に──」
「でも、すげーいい」
「へ」
「ノア……ノア。……ん、気に入った」
そのときぱっと向けられたのはまるで子供のような笑顔だった。
この学校にいる誰よりも純粋で、汚れを知らない生まれたばかりの小さな子供に見えてしまった。
「あまり」
「わ、たしのことは呼ばなくていいから」
「なんだよ、マスターだと味気ないだろ?俺がアンドロイドって名前じゃないように、お前だってマスターって名前じゃねえ。俺たちにはちゃんと名前がある。名前を、もらったんだ」
不思議だと思った。
これからのわたしの学校生活は決して明るいものじゃない、お先真っ暗なはずなのに。
いまはこの笑顔を見ていられるだけで、まあいいかな、なんて思ってしまった。
それは吹っ切れとも諦めとも違う、それよりももっと、明るくて透明なもの。
重たい雨とぶ厚い雲にずっと支配されていたわたしの世界にあらわれた天使たちの梯子。
「ほら、手を貸してやる」
「……うん」
つかんだその筋張った手は思っていたよりもあたたかく。
その温度をたしかめるようにぎゅっと強く握りしめたあと、わたしはアンドロイドの──ノアの手も借りて、自分の力で立ちあがった。
「今日の夕飯、俺が作ってやろうか?クリスマスイヴだから特別メニューを考案してあるぜ」
「明日からもうちに居座る気でしょ」
「当たり前だが?むしろこの流れで追い出されることがあるのか?」
なんて自信なんだろう。
わたしは息を吐いて、あらかじめ決めていた言葉を継いだ。
「あくまでも延長するだけ。記憶が戻ったら今度こそ契約は解除するからね」
「はあ?なんでだよ!」
「当たり前でしょ!前の持ち主が探してたらどうするの」
「だったらあんなとこに捨て置いたりしねえ。癪だが俺は捨てられたんだ」
はっきりと断言するから若干圧され気味になる。
そんなのわからないのに。



