「いただきます」
 居間に用意された卓袱台(ちゃぶだい)の上には、三人分の食事が円形に並ぶ。
 (ああ、こういう御食事なのね)
 目の前に並んだ皿は三つ。さつま芋の入った麦飯と人参の清汁(すましじる)、そして独活(うど)のきんぴらである。
 幸枝は品数も少なく質素なこの食事に、なんともいえない悲壮感を感じた。
 彩も乏しく味気ない、何より量の少ないこの食事では、市民は到底空腹を満たすことはできないだろう。
 (事情は違うとはいえ、(かつ)てのパリのブルジョアジーや何処かの帝国のプロレタリアートはとうに暴動でも起こしそうなほどに寂しい食事ね)
 めっぽう厳しくなる台所事情の上、二人分の食糧を三人で分けているのだから、その食事の量はなおのこと少ないものであった。
 (世間の人々は、毎日これだけの質素な食事でよく生きていけるわね……何より恐ろしいのは、お国の為、お国の為に戦っている兵隊の為と信じてこの生活に耐えていることよ)
 成功した旧華族である伊坂家の食卓は、戦争の足音一つも聴こえないようなものであった。
 戦争が始まる前から、今日のその日まで毎食である。
 何故か米飯は全て白米で、肉も魚も卵も食べられるし野菜も十分にあるが、その出所は調理をする女中でさえ知らない。
 今宵の三品は、未だ洋食を銀食器で(たしな)んでさえいる彼女には想像も付かない「市民の食卓」だ。
 「お口に合いますでしょうか……」
 少しおどおどとした様子の志津が幸枝の顔を覗き込む。
 「ええ、美味しいですわ。特にこの独活(うど)は大変美味ですね」
 幸枝はそう笑って見せた。
 一般市民の食事に驚きと不安の入り混じる複雑な感情を持った幸枝であるが、それを見せまいと無心で食事を口にした。