ある日、津田に茶封筒を差し出した主計中佐は言った。
 「津田君といったな」
 「はあ」
 津田は正直なところ、何故主計科に呼び出されているのか分からなかった。
 給料に過不足があった覚えがなければ、兵科と主計科はそう密接なものでもない。
 「これは個人的な頼みであり命令だ。今から渡す資料をこの場で読み、記憶し、書かれた内容の通りに実行してくれ」
 主計少佐は先ほどの茶封筒よりも大きな封筒を手渡した。
 封緘(ふうかん)の糸を解いて中身を覗くと、表裏隙間なく文字で埋められた紙が三枚程入っている。
 手書きの文章には、実行内容から取引相手の情報や秘匿情報まで、計画の全貌が記されていた。
 津田は二、三度その文章を読み返し、全てを頭に叩き込む。
 「君は私が直々に選りすぐった『担当者』の一人だ。力量は十分にあるだろう、特に相手は厄介とまではいかないが……令嬢であり、目立つ人間であり……素直な()だ。失礼のないように振る舞うことと、くれぐれも危険なことには巻き込まぬように……まあ、すでに巻き込んでいるが。いや、いいんだ。これは先方とも交渉した上で決まったことだからな」
 一瞬取り乱しかけたような様子を見せた主計中佐は、咳払いをして続けた。
 その口から紡がれる言葉は、主計中佐が自覚するためのもののようにも聴こえる。
 「……一切のしくじりも間違いも許されない。一度きりであっても君にとって大きな負荷になることは承知だが、それも君の能力を見込んでのことだ。封筒を相手に渡すことが最重要事項だが、最優先事項は彼女にこの計画の全貌から君の感情までもを悟らせず、また機嫌を損ねずに遂行することだ。可能な限り彼女に我々のことを信頼させる……この取引はいつまで続くか分からない、だからこそ彼女を繋ぎ止めるように努めてくれ」
 「……」