「(うち)に置くのに丁度良いランプを見かけたものですから、少し寄ってみました。あれと同じ高さくらいの他のランプも見せていただけませんか」
 津田はショーウィンドウの近くに置かれたランプを指差す。
 「はあ……すぐにお持ちいたします」
 軍人が買物の用でやってきたことに安心した老婦は、再び店の奥に戻った。
 「この椅子なんかも使い勝手が良さそうだな……伊坂さんもそう思わないかい?」
 スミレのような花の紋様が彫られたスクリーンを背に一脚の椅子を眺める津田は、反対側の壁に掛けられた絵画を眺める幸枝を手招きした。
 小走りで椅子の元へやってきた幸枝は椅子を挟んで津田の向かいに立つ。
 「一体どういうおつもりですか……こんな呑気に家具なんて見ていられないでしょう」
 小声で叱りつけるように話す幸枝だが、背の高い津田の耳には届いていないのか今に再び老婦が現れはしないかと店の奥に注意を向けている。
 「椅子も良いが、こういった背の低い整理棚も欲しいな」
 津田は椅子の真後ろにある棚に目を移すとともに、茶封筒を棚の上に置いた。
 そして幸枝はすかさずそれを受け取って鞄にしまう。
 「……店主が来ないな」
 店の奥は静まり返っている。
 「おかみさん……おかみさん!」
 返事も物音も聞こえない。
 「別の階にでも行っていらっしゃるのかしら」
 不思議そうに奥を覗き込もうとする幸枝を横目に、津田はそそくさと店を出た。
 その後を追うように幸枝も店を飛び出る。
 「ちょっと……津田さん、あのお店の方は……」
 「さあ、私には知ったことじゃあない。何せ仕事はもう済んだのだからな」
 幸枝は何も言わなかった。
 (主計中佐に比べれば随分と愛想の良い方だけれど……優しいのか薄情なのか分からない、恐ろしい方だわ)