「気が早いですよ」
 吐き捨てるような笑い声を漏らした清士は、困ったような笑みを見せた。
 「……法学を専攻しようかと」
 「へえ、法学……」
 幸枝は顎に手の甲を当てて興味深そうな顔をする。
 「まずは高等学校を卒業しなければなりませんがね」
 「ふうん……貴方と私、同い年ね」
 「はあ」
 清士は様々な表情を見せるこの人物のことがよく理解できていなかったが、彼女はその様子などつゆ知らず、ふうっと一息()いたかと思うと、
 「気楽になさって、私達は友人同士よ」
 と言って手を差し伸べた。
 白く細長い指先の少女の手は滑らかで、微かな薔薇の香りがする。
 「……ところで」
 手をすっと引いた彼女は、清士の目をまじまじと見始めた。
 緊張か動揺か、青年は目の前の少女の眼差しに心臓が止まりそうになる。
 「貴方はどうして私の居場所を突き止めたのかしら」
 「……」
 「偶然にしては不自然でなくて?」
 清士はどう説明すべきか思案したが、結局あるがままを伝えることにした。
 「君のことを聞いて巡ったんだ……歓楽街の端から端まで、劇場の外で休憩していた役者やレヴューの宣伝の者に、物売りや菓子売りまで皆に聞いた。このくらいの背丈で断髪の少女を見かけたかとね」
 「それであの劇場に?」
 大きく頷いた清士はこう続ける。
 「ああ。誰もがすぐにあの方向へ行ったと同じ方角を指差した。それで僕はあの場所で君を待っていたんだ」
 「わざわざいらっしゃらなくて……」
 幸枝が何かを言いかけたと同時に、給仕係が二人のもとにやってくる。
 「御客様、大変申し訳ありませんけれども、もう間も無く閉店の時間でございます」
 「あら、もうそんな時間なのね」
 店の壁に掛かった時計を見た幸枝は席を立つ。