志津は二人の話を聞きながら、怪訝(けげん)な表情を見せている。
 成田、帝大の法科生、映画俳優……。
 「……そのかた、成田実業の?」
 「ええ……高辻さんも、ご存知?」
 冷淡な声に、志津はほんの少しどきっとしたが、声を正して話す。
 「一度だけ、書店で偶然お会いしたことがあったんです。お二人の話を聴いていると、どうも思い当たる節があると思って」
 幸枝は顎に手を当てて頷く。
 「へえ……確かに、志津さんも成田さんもお家は牛込のほうだったものね。有り得ない話じゃあないわ」
 「まさか皆さん彼を知っているなんて……偶然ね!」
 真っ先に笑いを漏らしたのは春子である。
 「私、彼が戦争に征く前はほんとうにあの人と結婚したいと思っていたけれど……断ってくれて正解だったわ。もし結婚していたら今頃どうなっていたか、考えただけでも恐ろしいわ」
 春子はからりと笑い飛ばすような口調であるが、それを心配そうな目で見つめる幸枝は、
 「ほんとうに良かったの?春子ちゃん。まあ……今更後悔したって彼が戻ってくるわけじゃあないものね」
 と(うつむ)き加減で話す。
 「私も噂で彼が亡くなったとは聞いていたけれど……本当だったのね。神藤さんもお辛いわね」
 申し訳なさそうな表情の志津に対し、春子はいよいよ沈んだ調子で続ける。
 「実は去年、彼のお母様がうちにいらっしゃって、それで清士兄さんが私に宛てた遺書を渡してくだすったの」
 志津と幸枝はその話に聞き入るように体を寄せ合う。