「また私の話をなすったでしょう。何遍(なんべん)も、他所様には私については話をなさらないでと言ってあるのに」
 父も娘から(かさ)(がさ)(とが)められて分かってはいるのだが、二十年余りもの長い歳月の中でこの手の話は常套句と化してしまい、気がついたら喋っているのであった。
 「伊坂のお嬢さんが、この写真を気にしているようだったからね。少し話しただけだ、悪かったよ。いよいよ痴呆が出たかな」
 志津は仕方がないという表情に冗談を混ぜてくる父に対して僅かな怒りを覚えたが、反論してきたところで、不憫で何が悪い、無理をして幸福(しあわせ)だと偽った振る舞い方をするほうが不憫であることよりも悪いのだと説教をされるのが明白である。
 毎度(たしな)められて終わるのだ。
 「……まあ、今回は(うち)の中のことだものね。私も過敏でした。御飯を用意します」
 冷ややかな声でそう言い放った志津は台所に戻り、野菜を洗い始めた。
 食材を切っているうちに風呂上がりの女が父と入れ替わるように居間に戻ってきたようである。
 志津は客人に構うことなく野菜を切ったり火加減を見たりしているが、どことなく背中に視線を感じて振り向くと、浴衣に着替えた断髪の女が立っていた。
 その女の目にはたっぷりの憐れみが浮かんでいる。
 「あの……何かお手伝いできることはあるかしら」
 おずおずと申し出た様子の女を志津は一蹴(いっしゅう)して、
 「もうすぐ出来上がりますので、居間でお待ちください」
 とややきつい目線を向けたが、かえって女のビー玉のような目玉にその視線を捕まえられる。