長津は幸枝の手を取り、真っ直ぐな目で告げる。
 「君に手紙を書くよ。戦争が終ったら、また此処で会おう。必ず君を迎えに行く」
 ハッとした少女の目は、大きく見開かれた。
 「長津さん、私……」
 線路に列車が入ってくる。
 「きっとお返事を書きますわ。そして、長津さんがお迎えに来てくださるのを待っています」
 二人は互いに頷き、固い握手を交わした。
 「来ましたね……」
 幸枝は乗り場へと向かった。長津は列車に乗り込んだ幸枝にトランクを手渡す。
 「お元気で」
 「ええ、長津さんも。お世話さまでした」
 長津は口にこそ出さなかったが、幸枝を山梨に送ることは本意ではなかった。本当は今までと変わらず東京で仕事をして過ごしていたかったのである。しかし空襲が有れば日本橋も本所も確実に標的になる、敵機は今にも帝都の空に爆撃を仕掛けようとしているのだ。彼女を守るにはこの方法しか思い当たらなかった、たとえ必ず再会できると保証できなくても。
 そして自らの立場を守るためにも、主計中佐のためにも、軍のためにも、こうするほかなかったのである。
 (本当に良かったのだろうか、この判断は正解だろうか)
 「長津さん!」
 考え込んでいたところ、幸枝が列車を飛び降りてこちらへやって来た。
 「長津さんも……お元気で」
 二人は手を重ね重ね握り暫く見つめ合っていたが、もう間も無く列車が出るというところで幸枝は列車に戻った。
 プラットホームに駅員の声が響き、列車はゆっくりと動き出す。
 車窓からはこちらを見る海軍将校の姿がいつまでも見えていた。
 その彼からも、窓に手を当てこちらを見る少女の姿が見えている。
 その姿が見えなくなった途端、彼は軍帽を深く被り駅を後にした。