「……有難うございます、長津さんがいらっしゃらなかったら、私……」
 この日この時間、この場所に長津がいたのは全くの偶然であった。
 幸枝は長津から訊問(じんもん)のような何かを投げ掛けられるかと思っているが、彼は何も言わず、(ひさし)から落ちる雨粒を眺めている。
 「……何も仰らないんです?何故私が此処に居るのか、何があったのか……」
 「プライベートな事情を伺うのは公私の混同になりかねないので」
 今更「公私の混同」などという言葉を使うのは、あまりにも無意味である。
 「今だけは、私の『御友人』としてお話ししてくださいません?」
 幸枝の放った言葉に、長津はえもいわれぬ気持になった。そして、未だ涙ながらに話す幸枝の頬にそっと指先を当てる。
 「泣くなと言うのは憎いかな」
 少女の目にわっと涙が溢れ、長津は何を話すでもなく、その小さな肩を撫でていた。
 ほんの数分経って泣き止んだか、幸枝は顔を覆っていた手を膝の上に置き話し始めた。
 「……私、今日は本当に呆れるような理由で此処へ来たんです……今日此処に集まった学生さんの中には、家や業界の繋がりで知る人が沢山居ます。そのうちの一人が、先日うちに来てこう言ったんです」
 幸枝は長津に耳打ちした。
 「この戦争には負ける、負ける戦争の為に命を捧げられるか、と」
 長津は膝の上で拳を震わせている。