どうにかごまかしを効かせようと出た言葉は、
 「何時(いつ)でも同じです」
 これを言うほかなかった。
 「私に対するときの長津さんは一体何としての貴方なのですか」
 「さあ、私にも判りません」
 (「──絶対に間違いやしくじりを起こすな」)
 主計中佐の声が脳裏を駆け巡る。
 (「私がこの身を持って彼女を警護いたします、絶対に危険な事態に至ることはありません」)
 また、自ら誓った言葉を頭に刻むように思い出す。
 実際、幸枝の命を奪うことができたというのは比喩でも脅迫でもなく、紛れもない事実であった。
 中背の相方の持っていた小袋の中身を数ミリグラムでも飲み込ませれば、彼女は十分もしないうちに中毒によって倒れ、最悪の事態も起き得たのだ。
 一方、幸枝が昨夜の一部始終を見ていたことは明らかである。
 切羽詰まった現況を部下に諭しているときから、横目に不審な動きの人物を確認していた。そしてそれが見覚えのある小柄な短髪の女だということにも気がついている。
 (今日に限って来たか)
 幸枝が浅草を好んで訪れていたことはかねてから聞いていた長津であったが、最近彼女がその地を踏まないことも知っており、幸枝が現れることは想定の範囲内であったとしても好ましくないことであった。
 本来このような場合は相手を懐柔するか、その場で消すかの二択である。
 向こう見ずな行動の目立つ相方は、間違いなく後者を取るであろうと確信していた。
 彼が幸枝のもとへ歩いて行ったとき、主計中佐の毒々しい二つの目玉が暗中に現れたように感じられた。
 (止めなければ!)