「すみません、本当のことをお話ししてしまって」
 長津は、小刻みに揺れる幸枝の肩に手を当てる。
 「伊坂さん、戦争はもう止めることはできませんが、どうか生きていてください。今日貴女の姿を見て、私は安心しました。この戦いはこれから確実に激化するでしょう、それでも、少しでも多くの日本人が生き残れば、そして彼らが日本人の魂を次の世代へと引き継いでゆけば、この帝国(くに)はきっとまた良い国になります。私も海軍士官としてできることは残さずやり切りますから、伊坂さんも──貴女には人を惹きつける才能がある、人々の希望になることができる──私はそう思います、そんな貴女も生き残って、これからの日本のためにできることをしてください」
 幸枝は穏やかな声に乗る優しいような、勇気づけられるような、そして悲しいような言葉にしゃくりを上げて泣いた。
 依然として幸枝の顔を覆う小さな手の隙間から溢れた涙が、真下の水溜まりに雨を降らす。
 「……すみません、私としたことがお見苦しい姿を晒してしまいましたわ」
 顔を上げた幸枝は未だ眼に残る涙を指で払った。
 「もう大丈夫です」
 にこりと笑った幸枝を見た長津の表情にもほんの少しの安堵が宿ったように見える。
 「行きましょうか」
 「ええ、行きましょう」
 二人は駅の方向へと再び歩き始めた。雨の面影はどこへ行ったか、頭上には色鮮やかな夕方の空が広がっていた。