(こんな服、着ていても楽しくなんかないわ)
 服を元あった場所に戻した幸枝は、服のことを訊ねるべく階下の女中を探すことにした。
 「お綾さん、訊きたいことがあるのだけれど」
 「お嬢様、如何なさいましたか」
 炊事場で洗い物をしていたお綾はその手を止めて令嬢の話を聴く。
 「私の部屋に五着ほどワンピースが置いてあったのだけれど……何方かのお洋服かしら。私が着るには色味に欠けると思って」
 女中は発言を躊躇う様子を見せた。
 「申し上げにくいのですが、あちらは全てお嬢様のお洋服です。旦那様が仰るには来月から衣料品の配給が始まるだとか婦人標準服の選考がされているだとかで……お嬢様は洋装を好まれますから、あちらのお洋服をご用意させていただいたのです」
 幸枝は一つ溜息を()いた。
 「お父様の……なのね」
 「普段からお洒落なお嬢様はきっと西洋風の着こなしをお望みになられると、旦那様はそう仰っておりました」
 父が娘の日常の服装について口を出すのはこれが初めてであった。幸枝は今年に入ってからはっきりとした色の服を着て街を歩いていると、すれ違う女性達から冷めたような視線を向けられているような気がする場面があった。
 そんな視線を向ける人は、大抵飾り気のない着物を着て化粧も(ろく)にしないような人たちばかりであったがゆえに一切気にしていなかった幸枝であるが、すぐにその視線と渡された服の意味を知ることになる。