春、王城と後宮の間にある庭園は、色とりどりの花が咲き乱れている。
休日の昼下がり、アイラはのんびりと日向ぼっこをしながら、蝶々を追いかけている子犬姿のリーフェを眺めている。
オスニエル似の切れ長の目に、ピンクがかった灰色の瞳。緩くウェーブを描く黒髪は、胸のあたりまで伸びている。まだ十歳とはいえ、その美しさは多くの人の噂に上るほどであり、アイラがこうして庭園に出ているときは、見張りの近衛騎士が巡回する頻度が高い。
一方、オリバーは庭の隅で剣の素振りをしていた。
彼も同じ十歳だ。いつもはくりっとしている丸い目を細めて、虚空の一点を狙っている。黒髪に銀色のメッシュが混じる髪の隙間から流れる汗が、陽の光を反射して光る。
王宮侍女たちが、ちらちらと彼の方を覗き見ていた。彼が動きを止めると、すかさず誰かがタオルを差し出しに行く。
「ありがとう」
青みがかった灰色の瞳が細められ、侍女たちはわずかにほほを染めうつむいた。
背はアイラよりも五センチほど高く、腕にも足にも常に鍛えているとわかるくらい筋肉がある。同じ年代の男子から見れば、大人びて見えるその相貌は、周囲の女性に緊張させてしまうことにもなっていた。
『あー、おもしろかった』
リーフェがアイラのもとに戻り、横にちょこんと座った。リーフェが子犬姿の時に彼女の声が聞こえるのは聖獣の加護を得ている者──この城では、フィオナとアイラとオリバーだけだ。侍女のシンディには「キャン」という鳴き声しか聞こえていない。
「あれっ、リーフェ。怪我をしているわ!」
アイラの甲高い声に、オリバーは視線を彼女たちの方へ向けた。
『大丈夫だよ、アイラ』
「でも血が出ているもん。シンディ、薬を持ってきて!」
「はい、アイラ様」
シンディは、リーフェの傷口を確認すると早足で後宮の方へと戻っていく。
リーフェは嫌そうな顔をして、アイラを見上げたままじりじりと後ろに下がっていく。
『ちょっと、ぶつかっただけ。平気』