「うるさい。前のように倒れられるのが嫌なんだよ」

 国王という立場からすれば、子供は多い方がいい。
 オスニエルだってそれは理解しているが、出産がきっかけでフィオナを失うかもしれないという疑念が消えず、なかなか次の子が欲しいとは思えなかったのだ。

『でも妊娠したじゃないか。失敗したのか』
「……うるさい」

 オスニエルは妻がかわいい。ただでさえ執務が忙しく、休日は子供たちとの時間もある。たまにゆっくり取れた妻との時間に、タガが外れてしまうことだってあるのだ。

 オスニエルが思い出して目を細めていると、後ろからドルフに尻尾でたたかれた。

『ふん。心配しなくとも、今度は腹の子はひとりだし、フィオナの体力的にも問題ない。腹の子に余計な加護を与えるやつもいない。フィオナは子が生まれるのをすごく楽しみにしているんだ。余計なことを言うなよ』
「わかっている。俺だって、産まれてくるのを心待ちにしている」

 妊娠しないようにと気を付けてはいたものの、実際に「子が宿りました」と言われたときに湧き上がったのは、やはり歓喜だ。
 男か女かと共に語り合う時間もいとおしい。
 子供たちは、自分と彼女を繋ぐ宝物だ。それが増えることは単純にうれしい。

 切れ長でやや鋭利な印象を与えるオスニエルの瞳が、優しく細められる。一日のうちで、彼がこんな柔らかい表情をするのは、後宮にいる時だけだろう。

「ところで、リーフェはどこに行ったんだ?」
『あいつはいつものように、ルーデンブルグの湖の様子を見に戻っている』
「もうここに住んでいるようなものなのに、律儀だな」
『母親との約束なんだそうだぞ』

 リーフェの母親は、彼女に『ルーデンブルグの湖と、その周辺の森を守るように』と言ったらしい。リーフェはその言いつけを守り、ひとりになってからも湖と森を守り続けた。

 しかし、やはりひとりは寂しかったのだろう。ドルフに見つけてほしいと思ったのは、そんな気持ちの表れだったのかもしれない。

「まあ、何も起こさなきゃそれでいいけどな」

 リーフェは、子供のように後先を考えない性格だ。まだ人間として形成されきっていない腹の赤子に加護を与えるという、軽率なことをしておきながら、少しも責任を感じていないのだ。しかも、どんな加護を与えたのかもわからないとまで言っていた。