「……あれ?」
ネズミの寝床に目をやると、先ほどのクッキーが無くなっている。
「食べたの? 食べられたんだね。よかった」
ネズミは丸くなったまま何も言わない。
オリバーはネズミの首のあたりを掴んで持ち上げてみた。クッキーのかけらが、ひげにくっついている。
「……ふふっ」
「チュウ!」
「おいしかった?」
ネズミは体をブンブンと振って、オリバーの手から逃れ、すぐさま寝床に戻ってしまった。
「ふふ、素直じゃないなぁ」
オリバーは楽しくなって笑った。久しぶりに、しっかり笑ったような気がした。
保護して三日目くらいから、ネズミは徐々に警戒を解いてくれた。
オリバーが、顔を見せても寝床に戻ることはなくなり、好き勝手に動いてみては、時折オリバーの反応を確認するようにちらりとこちらを見てくる。
そして五日目くらいには、すっかり元気を取り戻し、部屋中を動き回るようになっていた。
「すっかり元気になったね」
『……うむ』
小さなネズミだから、てっきりまだ若い聖獣なのかと思っていたが、彼はもうずいぶん長生きしている聖獣のようだ。話し方が意外に尊大で、おっさんくさい。
オリバーが彼の言葉が聞き取れているとは思っていないようで、視線を送ると、とぼけたふりで「チュウ」と鳴いた。
オリバーは本を読むふりをして、動き回るネズミを、好きなようにさせておいた。
やがてオリバーの腕や肩に乗るようになり、滑り台のようにしてコロコロ転がり、自由気ままに動き回っている。その行動も子供のようで、なんだかかわいらしく思えてしまう。
(そろそろ、聞いても怖がらせないかな)
「ねぇ。君の名前はなんて言うの? 嫌じゃなかったら教えてくれないかな」
オリバーの問いかけに、ネズミはたじろいだように動きを止め、じっとオリバーを見ている。
「いや? なら、言わなくていいよ。無理強いする気はないから」
引き下がろうとしたオリバーをじっと見て、ネズミは低めの声を出した。
『……チャドだ』
どうやら、名前を教えてくれたらしい。