やがて、支えていなくとも自分で立てるようになったので、両手を器のようにして、水を汲んでやった。

 ネズミはちらりとオリバーを見た後、顔を突っ込んでごくごくと飲み始めた。
 やがて満足したように顔を上げると「チュウ……」とオリバーを見上げる。

「もう大丈夫だよ。元気になるまで僕が守ってあげる」

 ネズミはきょろきょろとあたりを見回し、ドルフを見つけると、怯えたように後ずさり、丸くなった。

「やだなぁ。ドルフは君のこと食べたりしないよ」
『そんなまずそうなネズミなどいるものか』
「チュウ……」

 震えるネズミを抱き上げて、オリバーは懐に入れる。

「……ドルフ、城に戻ろう」
『ああ』

 ドルフの背に乗り、ネズミを確認するとすでに寝息を立てていた。まだ本調子ではないのだろう。

「ドルフ、しばらく、このネズミのこと、誰にも教えないでくれるかな」
『フィオナにもか?』
「うん。できれば、アイラにも」

 オリバーは心細げにうつむく。ドルフはため息をつき、彼の言葉に了承した。

『問題が起こるまでは、見ないふりをしてやる』
「ありがとう!」

 後宮に戻ると、オリバーはそそくさと部屋に戻り、ネズミのための寝床を作った。
 小物入れにしていた籠の中身を取り出し、清潔なタオルを敷いて、底にネズミを寝かせる。
 ネズミは随分と疲れていたのだろう。目を開けることなく、ただ、時折うめき声をあげただけだった。
 リーフェの加護を持つオリバーは、ほかの聖獣の言葉も聞き取ることができるので、彼がちゃんと目覚めたら、きっと話ができるだろう。そう思うとわくわくしてきた。

(この聖獣がもしもまだ誰にも加護を与えていないなら……)

 頭をかすめるのはそんなことだ。

 オリバーはフィオナがうらやましい。ドルフという力の強い聖獣に、あんなにも大事にされているのだ。
 もちろんリーフェが駄目だなんて思っていないし、リーフェのことは好きだ。
 けれど、リーフェはアイラとオリバーふたりを加護していて、しかもその比重はアイラに偏っているとオリバーは思っている。

(僕のこと、友達だって思ってくれないかな……)

 〝自分だけのなにか〟が欲しい。それが、オリバーが今切実に願っていることだ。

「……仲良くなれるよう、僕も頑張ろう」

 オリバーは、何度かネズミのほうをちらちら見つつ、ゆっくりと眠りに落ちていった。