それから、チャドはグロリアにだけは本当の姿を見せた。
時折、肩に乗れるほど小さなネズミに化けて、一緒に国中を見回ったりもした。
そうして、長い時が過ぎていく。
『結婚をせっつかれているのではないのか、グロリア』
「そうね。でも、まだいいわ。あなたがいるのだから、この国はしばらく平和でしょう?」
当時のグロリアは二十五歳。王族としては行き遅れの部類に入る。しかし、彼女は夫をほしがらなかった。適齢期のころに寄り付いてきた男たちによって、男性不信になっていたのだ。
しかしチャドも、特に気にはしていなかった。土地はチャドが守り続けるのだ。後継は必要だが、もう五年くらいは先でもなんとかなる。
そんな風に軽く考えていた矢先、運命の日がやって来た。
空は茜色で、いつもとは違う風が吹いていた。不安におびえる民が空を見上げると、空かからたくさんの隕石が落ちてきたのだ。
「逃げろ!」
巨大な隕石は、炎をまとって近づいて来た。地面に到達するまでに形を失う者もあったが、多くは地面や建物に落ち、周囲を火の海に巻き込んでいく。
大きな隕石が沈むと、あっという間に湖は干上がり、多くの人が騒ぎ、逃げ惑った。
「建物の中に逃げ込みなさい! 地下室がある家は地下へ! とにかく、身の安全を一番に考えなさい!」
グロリアがそう叫ぶ間にも、小さな隕石が落ちては、地上に穴をあけていく。
『グロリア、危ない』
チャドは、落ちてくる小隕石から、グロリアを守ろうとした。
しかし、チャドは主に地に対して力を発揮できる聖獣だ。地面を耕し豊穣を約束することはできる。大地を揺るがすことも可能だ。しかし、空からの飛来物に対しては、あまりにも無力だった。
「チャド、お願い。みんなが一時的に隠れられるような大穴を掘ってほしい。とにかくこの隕石の雨が止むまでこらえなければ」
『おまえ、この土地に何万人の人間がいると思っているんだ?』
「でもお願い。私は、みんなに言って回るから!」
『グロリア!』
チャドが守りたいのは、グロリアだけだ。ほかの人間など、どうでもいい。
だけど彼女が、全員を避難させたあとでなければ、避難に応じないであろうことも分かっていた。
『くそっ、この王都の人間だけでも、逃がさねば、話も聞かぬか』
舌打ちをし、チャドは避難壕となるよう、岩場の石をくりぬいた。しかし、そこに人が入り込む前に、これまでとは比べ物にならない大きさの隕石が、炎をまとったまま落ちてきたのだ。



