8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~3


 森の入り口につないでいた栗毛の馬に、黒髪の女性が駆け寄る。

「待たせたわね、パルフェ」

 長く伸びたストレートの髪、ややたれ目で穏やかな笑顔は、フィオナに少し似ているが、彼女よりもずっと快活そうだ。

 女性はぴょんと馬に飛び乗ると、勢いよく走り出した。森を抜けると、そこには民の暮らす住宅や田畑が広がっていた。大きな湖がありそこから引いている水のおかげで、田畑は潤っていた。田畑を抜けると家が増えてきて、さらに先に城が見える。
 女性は少しスピードを落とし、田畑から手を振ってくる民に手を振った。

『女王様』
『皆、ご苦労様。おかげで今年も冬を越せそうだわ』
『豊穣の神に愛された、グロリア様のおかげです』
『ふふ。そうだといいけれど』

 女性──グロリアが、微笑む。すると、話している男の妻子が家から飛び出してきた。

「グロリア様―!」

 小さな少女は両手に何かを抱えている。足がもつれていくのを見て、グロリアは馬の手綱を男に預け、駆け出した。少女が転びそうになるところを間一髪捕まえる。

「きゃあ」
「ほら、危ないわ。そんなに急がなくても、消えたりしないわよ」
「ありがとうございます。グロリア様」

 男の妻がようやく追いついてきて、少女をグロリアから受け取る。
 少女は無邪気に手の中の包みを、グロリアに差し出した。

「これね。クッキー。神様にあげてほしくて」
「まあ、ありがとう。きっと喜ぶわ」
「えへへー」

 グロリアは遠慮なくクッキーの袋を受け取り、ウィンクをしてみせた。

「豊穣の神はこれが大好物なの。早く持って行ってあげなくちゃね」
「やったー!」

 喜ぶ少女に別れを告げ、グロリアは再び馬にまたがった。
 戻った先は、神殿だ。グロリアはカルニック王国の女王だが、王城よりも神殿にいる方が多い。

「戻ったわ、チャド」
『ふん。お前はどうしてそうせわしないのだ』

 そこにいたのは、今の姿よりもずっと大きなネズミの聖獣だ。体毛は金色に光っていて、抱き上げるとちょうど腕に収まるサイズだ。
 不満そうな彼の首に、グロリアは腕を回してしがみつく。

「んー。ふわふわ。相変わらずいい毛並みね! チャド」
『はしたないぞ。まったくお前は、それでこの国の女王などとは……』

 そう言いつつ、チャドもまんざらではない。

「小言はたくさんよ、チャド」