どうにか彼女を説き伏せ、風呂場に押し込んだ。
 戻って来た彼女はもちろんすっぴんで。普段から化粧は薄いけれど、完全なすっぴんを見ると、何度でも昔を思い出す。

 元々僕と彼女は高校の同級生で、あの頃見ていたのはすっぴんだった。当時は話すこともないただの同級生だったから、間近で正面から見たことはなかったけれど。話しかけたい僕は、いつも彼女の姿を目で追っていたから、それなりに記憶もある。

 だからこんなにも間近で、正面から彼女を見ることができる今は、あの頃の情けない記憶も相まって、無性に嬉しくなるのだ。そして何度でもあの頃の僕に言ってやりたくなる。彼女は可愛い、近くで見られなくて残念だったな、と。


 そんなすっぴんでほかほかした彼女は、思い出したように買い物袋をあさり、巾着袋を取り出した。その中に入っていたのはクリームやスプレーや布。これは今日買って来たものではなく、持参したものらしい。

「靴みがいてあげるよ」
 彼女が満面の笑みで言う。

「なにもこんな時間に、しかも風呂上がりにしなくてもいいのに」
「いいからいいから。バレンタインだしね」
「バレンタインと靴みがきって関係ある?」
「いいからいいから。付き合って一年だしね」
「付き合って一年と靴みがきって関係ある?」
「いいからいいから」

 今度は僕が説き伏せられ、風呂場に押し込まれた。

 まあ、正直靴をみがいてもらえるのは助かる。営業職であちこち歩き回るし、最近は雪や雨も多くて靴が汚れていた。
 でもどうしてよりによって風呂上がりに……。手も汚れるし、身体も冷えてしまうじゃないか。


 不思議に思いながら風呂を出ると、彼女も玄関から戻って来て「戸締りもしてきたよー」と平和に笑うから。とりあえず今は些細な疑問より、冷えた彼女の身体を温めてあげることに専念しようと思った。