「晴樹……どうして?」

 晴樹の唇が触れたのは、わたしの口ではなく左頬。

 口にしたいと言っていたのに、どうして?


「正直迷ったけれど、美穂のファーストキスは貰わないことにした」

「え?」

「美穂のこと本気で好きだから……大事だから。離れてしまう俺が奪ったらダメかなって……」

「何、それぇ……」

 思わず、クシャリと顔が歪む。


「そんな風に言われたら、なおさら忘れられなくなるじゃない」

 いい思い出を作って、いつか気持ちの整理がついたら晴樹への想いも思い出にしよう。

 そうして、忘れて次の恋に行けるようにしよう。


 今は無理でも、多分いずれは出来ることだから。

 そう思っていたのに……。


「……忘れんなよ」

「え?」

「俺だって別れたくない。でも、もう決めた。これからの美穂の人生を俺が邪魔するわけにはいかないって。……けど、忘れられないなら……忘れずに覚えててくれよ」

 それは、どういう意味?

 驚きと戸惑いの視線にその疑問を乗せる。


「これは、賭けかな? 再会したときまで今の気持ちを忘れてなかったら、また俺と付き合ってくれよ」

「晴樹……」

 あるかもしれない未来に、わたしの心にわずかな期待の光が灯る。

 確率の低い未来だけれど、今のわたしには希望にすら見えた。