はぁ、と息を吐いて失敗したと思った。
 マスクの隙間から温かい息が漏れ出たせいで、眼鏡が白くなってしまう。

 これじゃあ前が見えないよ……。

 仕方なく足を止めて眼鏡を拭くためにポケットからハンカチを出す。
 手袋で拭くわけにはいかないし。


「ん? どうしたんだ、美穂(みほ)?」

 すると隣を歩いていた晴樹(はるき)が少し先に行ったところで気づいて足を止めた。

「あ、ごめん。眼鏡拭いてたんだ」

 ハンカチをしまいながらそう言うと、小走りで彼の下へ行く。


 また並んで歩くと、しばし無言。

「……終わったな」

 ポツリと晴樹の口からこぼれ出た言葉に、わたしも同じものを返す。

「うん、終わったね……」


 ひたすら勉強に明け暮れた受験勉強の日々。

 それがやっと終わった。


 わたしも晴樹も志望校に受かって、春から高校生になれる。

 受験勉強からも解放されて、すがすがしい気分……のはずなんだ、本来は。


 でも、わたしの心にはチクチクと刺すような冬の冷たい風と同じものが吹いてるみたい。


 歩調を合わせて隣を歩く晴樹を見上げる。

 丁度10センチほどの身長差。
 柔らかい黒髪は光が当たるとちょっと茶色く見える。