夏休みにわざわざ講習を受けようなんて生徒はそんなに多くないので、学年ひとまとめとなっても、特別講習を受けるのはせいぜい三十人前後だった。私のクラスの子達もちらほらいる。残念ながら桜ちゃんや雪乃ちゃんはいないようだ。
 特別講習は普段授業でできない単元や、さらっと流してしまった分野、応用などを掘り下げて教えてくれるので、普段から少し数学に苦手意識のある私にはちょっと難しいかもしれない。でもせっかくなので、この機に数学が少しでも得意になれるよう頑張りたい!そう思い数学の講義の履修も決めたのだった。

 授業が始まる五分前、みな自由に席について授業の支度を始める。
 私も少しそわそわした気持ちで先生が来るのを待っていた。

 すると隣の席で椅子を引く音がして、横から声を掛けられた。


「佐藤?」


 え…?

 声のする方へと顔を向けると、藤宮くんが私の隣の席に腰を下ろすところだった。


「え、藤宮くん!?」

 夏休み中は絶対会うことがないだろうと思っていただけに、心底驚いてしまった。

 それに、今、名前呼んでくれたよね?やっと覚えてくれたんだ!ちょっと嬉しい。

 彼は訝しげに問いかけてくる。


「お前、数学苦手じゃなかったか?」

 あ、またお前呼びに戻ってしまった…。

 さもなんでいるんだ、とでも言いたげな表情の藤宮くん。


「それはそうなんだけど。この前藤宮くんに少し数学を教えてもらってから、ちょっと頑張ってみようかなって思って。私が苦手意識を持ちすぎているだけで、もしかしたらそんなに難しくもないのかなーと」

 そう素直に答えると、返ってきたのは、


「ふーん」


 と言う素気ない返事だった。

 聞いておいてふーん、って。相変わらずの素っ気なさだなぁ。
 別段興味もないのだろう、だったら何故聞いてきたのか。

 そうこうしているうちに授業開始を告げるチャイムが鳴り、私は慌てて居住まいを正した。

 藤宮くんは席を移動するでもなく、そのまま筆記用具を鞄から出している。


 藤宮くんここ座るんだ。普段の教室ではないのだから、好きな席に座ってもいいのに。
 なんだかんだ言っていつも私のこと心配してくれてるのかな、なんてことを考えてしまって、私は勢いよく頭を振る。
ないない!椿じゃないんだから。

 でも一人で困っていたりすると、なんでかいつも声を掛けてくれているような気がして、変なことを考えてしまった。たまたまだよね。


 授業が始まるとそのスピードは速く、次第にそんなことを考えている余裕はなくなったのだった。