先生が「この単語の意味がわかる人」と言って調べても良いから答えろと言う。
 問題が出されるとすぐに生徒は電子辞書のキーボードを叩いて調べるのだが、私はアルファベットをAから追っていって大体この辺りだろうという見当をつけて辞書を開き、ページの左上や右上を見てABCの歌を頭の中で歌いながら目的の単語が載っているであろうページを目指す。
 左の方から指差して血眼になって目的の単語を探すのだが、それが見つかった頃には既に答えが出ている。
 電子辞書ですぐに答えを見つけた優秀な生徒が手を挙げているのだ。
 この瞬間に私が単語探しをする必要はなくなるのでお役目終了ということで辞書を閉じてケースに戻せば良い話なのだが、電子辞書を持たない女子生徒は、せっかく開いたんだからとか、たまには辞書にも新しい空気が必要だとか、紙だって呼吸してるはずだとか様々な理由を(かこつ)けて、そのページを開いたままにするのである。
 そして他人が話していようと授業中であろうと、気がついたらその「せっかくだから開いたままにしておいたページ」の内容を端から端まで真剣に読んでいるのだ。
 これはお目当ての単語を見つけた時でも見つけなかった時でも同じである。
 ひとつの単語を調べるはずが、その途中で見つけた単語に寄り道してしまったり、見つかった単語のご近所さんの単語を見始めてしまったりするために、どの単語を探していたのかが分からなくなり調べたはずの単語の意味も、調べるはずだった単語も忘れるのだ。