田舎でよく見る光景だが、買い物に出ているお年を召したご婦人が、車の通りの多い道路を渡っているときがある。
 数歩先に横断歩道があるのだが、何故か横断歩道ではないところを渡っている。
 もしそこが死角になっていて運転手が人がいることに気がつかなかったとしても、彼女が轢かれてしまえば、運転手の過失になる。
 私自身、幸いにも今のところ交通事故には遭っていないので安直ではあるが、もし自分が歩いていて轢かれたら、と考えてみる。
 まず、横断歩道でないところを渡って轢かれた場合。
 私は車が来ていないと思って何の変哲もない道を横切る。
 轢かれる。
 おそらくとても悲しくなるだろう。
 運転手に刑事やら民事やら行政やらの責任がついてしまったのは、横断歩道ではないところを渡った私の所為(せい)だと思うはずだ。
 もし私が横断歩道を渡っていればこんなことにならなくて済んだのに。
 運転手の人は私を轢いて困らなくて済んだのに、と先々まで後悔することになるのだ。
 一方、横断歩道を渡って轢かれた場合。
 信号が赤から青になる。
 右、左、右と車が来ていないのを確認してから横断歩道を渡り始める。
 轢かれる。
 おそらく、ほんの少しだけ悲しくなる。
 轢かれてしまった。
 運転手の人もきっと困ったことになってしまっただろう。
 しかし、私は横断歩道を渡っていた。
 「横断歩道を渡っていた」のである。
 青信号になるのを待って、左右を確認して渡っていたのだ。
 こちらには何の過失もない。
 運転手の人が病気だったとか、毎日激務で睡眠時間が取れていなかったのなら、それはお気の毒だと思う。