フィルム映画の時代の題字は、一単語か、長くてせいぜい二文節。
 その作品を象徴する一単語がついている。
 例えば戦前のメロドラマとして空前の人気を誇った野村浩将(のむらひろまさ)監督による「愛染かつら」という作品、これはまさに物語の中心である男女を結ぶ誓いの木の名前がそのまま題字になった格好だ。
 この「愛染かつら」を現代風のタイトルにしたらどうなるどうか。
 おそらく、名門医者の若旦那と子持ちの看護婦が駆け落ちに失敗したけど結局再会した話、といった具合であろう。
 肝心の愛染かつらの存在感が薄いのは気のせいだろうか。
 偏見だが、このタイトルでリメイクして現在の映画館に並んだとすると、どうしても「名門医者の若旦那」に注目が集中するように思えてしまう。
 ちなみに、当時の「愛染かつら」で若旦那である津村浩三を演じたのは、上原謙さんである。
 この作品では上原さん演じる浩三が、田中絹代さん演じるかつ枝と再会した際に、もう一度一緒に愛染かつらに触れてくれないか、と、つまりもう一度愛を誓ってくれないかとかつ枝に問いかけるシーンがある。
 このシーンがあってこそ「愛染かつら」という題字が意味を成すのだが、それが「名門医者の若旦那と子持ちの看護婦が駆け落ちに失敗したけど結局再会した話」では、そのシーンの台詞の意味が薄れてしまうだろう。
 さらに言わせていただくと、近年の日本の映画は劇中の内容を丁寧に説明した長いタイトルを省略することがあるが、私はその省略も好まない。
 国内メロドラマ史上最大のヒットと言っても過言ではない「愛染かつら」のタイトルが「名門医者の若旦那と子持ちの看護婦が駆け落ちに失敗したけど結局再会した話」、略して「メモカン」とでも言われたら、いよいよ芸術の敗退であろう。